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10年ぶりに着るスーツ

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    4月から仕事量を減らし、顧客先にほとんど行かなくて済むようになり、先月出向いたのは1度だけ。

    昨日、今月初めての会議に出席してきた。
     

    今年は寒い日が続き、4月はまだ合いのスーツを着ていたので、今日初めて夏のスーツを出してきた。

     

    衣装タンスを探していたら、奥の奥の方から出てきたスーツのクリーニングの札を見てビックリ。

     

    10年前にクリーニングに出したまま、放置されていたスーツである。

     

     

    1シーズン着ないと、衣装ケースの奥の方に入り、もう1シーズン着ないともっと奥の方に入り、そのうち忘却の彼方へ。

     

    そうして、10年目に日の目を浴びたスーツである。

     

    仕事をしなくなると、スーツは必要なくなる。

     

    プライベートタイムでスーツを着るのは、何となく野暮ったい気がして、どうしてもジャケットを着てしまう。

     

    私の偏見かもしれないが、高齢になればなるほど、いかにも昔着ていましたという感じのスーツを着て遊びにいくのは、わびしいものがある。

     

    ドレスコードを求められない限り、スーツで遊びに出かけるのは、大げさに言えば、私の価値観に反している。

     

    単なるこだわりでしかないのであるが、私にとっては重要なことである。

     

    とは言え、月に1回ペースで仕事に出かけるとしたら、このスーツ、何回袖を通すのだろうか?

     

    長くても、9月いっぱいと考えると、5回という計算になる。

     

    1年に1着だけ出せば、こと足りる状況で、持っている残りのスーツは、どうしよう?。

     

    売ろうとしても、ネームを入れているので売れない。

     

    昨年から、不要と思った普段着や靴下、ワイシャツは洗濯するまで着て、捨てる作戦を展開している。

     

    クリーニング代も馬鹿にならず、今年あたりから、スーツも使い捨てするしかないのだろうか?

    然し、購入した価格と、着た回数を考えると、つい二の足を踏む。

     

    断捨離は、精神的なタフさが必要である。


    ノンアルコールスパークリングワイン「ロゼ」

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      県民の森公園センターは、私に取って美味しい食事ができたこと以外に、大きな収穫があった。

       

      私が以前から探し求めていたノンアルコールスパークリングワイン「ロゼ」に出会えたことである。

       

      最近、ノンアルコール飲料の種類が増えたものの、私に取って美味しくないノンアルコールビールが主流である。

       

      そういう中で、「ル・プラティーヌ」で食事した時、飲んだノンアルコールスパークリングワイン「ロゼ」の美味しさに魅了された。
      味もノンアルコールとは思えないほどであった。

       

      それ以来、どの店に行っても「ロゼ」を探しているが、ノンアルコールスパークリングワイン自体、置いている店が少ない。
      有ったとしても、「白」である。

      「ル・プラティーヌ」も、その後、何度か行ったが、ロゼとは巡り会えなかった。

       

      実際には、ノンアルコールスパークリングワイン「ロゼ」に出会ったことは、もう一度ある。
      「THE SODOH HIGASHIYAMA KYOTO」で食事した時である。
      この店には今でもあるかも知れないが、京都にはそう簡単には行けない。

       

      ところがである。

      今回、行った県民の森公園センターにあった。
      いつものように、ダメ元で聞くと「あります」と言う。

       

      もちろん、注文。

      まぎれもないノンアルコールスパークリングワイン「ロゼ」である。

       

       

      通常のスパークリングワインと変わらない。
      しかも、私好みの味。

       

      まさに求めていたものが、身近にあった。
      灯台もと暗し。

       

      あれっ、どこかで見たことのある瓶。

       

       

      記憶を必死にたどる。
      思い出した。
      色が違うだけで同じデザインの瓶。

       


      以前、「葛」で食事した時、注文したスパークリングワイン白と同じデザインである。

      写真を撮っておいて良かった。

       

      飲んだ空の瓶をもらって帰った。

       

      名前は、デュク・ドゥ・モンターニュ (Duc de Montagne)。

       

      ネット検索すると、色々なショップで販売している。

      エノテカのオンラインショップでも販売していたので、ひょっとすると三越のエノテカでも販売しているかも知れない。

       

      近々、三越に出かけてみよう。


      料理を出す「間(ま)」で、店を評価

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        私の過去の経験では、料理の美味しい店は、一つの料理を食べ終わった頃、タイミング良く、次の料理を持って来る。

        厨房から見えなくても、きちんと食べ終わった頃、持って来る。

         

        昨日、記事にした「あじろ」がそうであった。

        食事をする部屋は、コの字に曲がったところにあり、部屋には誰もいないにもかかわらず、一皿食べ終わった頃、次の料理を持って来る。
        まるで、隠しカメラでもついているように。

         

        料理を運んでくる女将に、「タイミング良く来るね」と言うと、「料理は間が大事ですから」という返事が返って来た。

         

        う〜ん、ちゃんと心得ている。

         

        そう言えば、前に紹介した「なな川」の大将も、私達夫婦が料理を食べる速度が速いので、「間」を持たせず、料理を出すのが大変ですと言っていた。

         

        料理を頼んで待たされるのは、不愉快である。
        頼んだ料理がまだ来ないと言って怒っている客は感じが良いものでは無いが、気持ちはよくわかる。

         

        また、料理と料理の間(あいだ)が空くと、血糖値が上がって、満腹感が先に立ち、美味しいという感じが失せてくる。

         

        暖かいものを暖かいうちに、冷たいものを冷たいうちに食べるのは基本であり、その基本をきちんと守る姿勢を保つ料理屋の味は美味しい。

         

        それにしても、どうして様子をみることもなく、タイミング良く料理を出せるのか不思議でたまらない。

        「間」を大切にする料理屋は、客を見、状況を見ながら判断しているのだろう。

         

        私達夫婦は、美味しい食事に出会うと二人とも無言になって、ひたすら食べるので、食べる速度が速い。

        きっと、どの店からも食いしんぼの客と思われていることであろう。

         

        そういえば、「あじろ」の中庭の桜の風景は、「俵屋」の桜の中庭の風景とどことなく似てると感じた。

         


        木の芽時 「きのめどき」と「このめどき」の違い

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          春の到来に伴い、待ち望んでいた山椒の木の芽。

          やっと小さい葉をつけた。

           

           

          木の芽の香りは何とも言えない。

          この香りが大好きで、汁物には全て入れる。

          もちろん、木の芽和えも欠かせない。

           

          まだ取るには早そうだが、料理屋が出す木の芽は、この程度のものもある。

          早速、今夜は、こちらの木の芽を楽しもう。

           

           

          ところが一つ新しい発見をした。

          私は木の芽時と書いて「きのめどき」と読み、新芽が出る早春を指す季語だと思っていた。

           

          ところが、ネット検索すると、「このめどき」と読むサイトが多数ある。

          むしろ、「木の芽時」と検索すると、「きのめどき」と読ませ、ほとんどの内容が、「精神状態が不安定になりやすい時期、春の憂鬱」とか記述されている。

           

          私が知っている春の季語「木の芽時」は、何と読むのだろうか???

           

          ざっと調べた限りでは、春の季語の方を「このめどき」と読み、春の憂鬱な状態を「きのめどき」と読むケースが多いようだ。

           

          恥ずかしながら知らなかった。

          山椒の木の芽が吹き出てくるこの時期、期待に胸を膨らませて「きのめどき」と言っていた。

          全く、別の意味の使い方をしていたわけである。

           

          然し、今更表現を変えろと言われても、この歳になると、そう簡単には行かない。
          「きのめどき」で、胸わくわくするイメージが出来てしまっているからである。

           

          納得が行かず、更に調べていると、三省堂の新明解国語辞典では、春の季語を「きのめどき」と載っていた。

           

          これで一安心。

          死ぬまで、「きのめどき」で通すぞ。


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