Let it be 卒業

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    ボーカルレッスンの課題曲であった「Let it be」をやっと卒業した。

     

    この曲、私に取って間の取り方が難しく、随分時間がかかってしまった。

     

    もっとも予習も復習もやらず、いつもぶっつけ本番で臨むので、進捗が遅くてもやむを得ない。

     

    なかなか終わらないので、さすがにしびれを切らし、最後の2週間は、歌詞をすらすらと言えるくらい何度も音読を行い、車の運転中はLet it beをエンドレスで流し、練習した。

     

    その特訓のお陰でやっと卒業できたのだろう。

     

    然し、英語の音読を徹底的にやったことで、歌詞だけではあるが、久しぶりに本格的な英語を話せたように思う。

     

    最近、英語を話す機会がなく、スムーズな発音が難しくなって来ていることに気付いた。

     

    日本語と英語とでは、口や舌の使い方が異なる。

     

    日本語は、口や舌を余り使わなくても、話せる。

     

    然し、英語はそうはゆかない。

     

    口や舌をたっぷり使う。

     

    何歳になっても英語に触れていたくて、英語の歌を選ぶことにしているが、それで正解だったと思う。

     

    英語の勉強以外に、最初予想もしていなかった効果も期待できることがわかったからである。

     

    仕事を辞めると、どうしても話す機会が減り、徐々に上手くしゃべられなくなる。

     

    話す機会が減ることで、口が退化するのだろう。

     

    英語の歌を歌うことで、口や舌をより使うことで、退化が遅れると感じる。

     

    老化防止予防にも効果がありそうだ。

     

    次の課題曲の候補は、Moon riverかSunny。

     

    歌える音域の問題もあるので、講師に決めてもらうことにしているので今週の金曜が楽しみである。


    祭りの花代とは

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      先週末は近くの神社の秋祭りであった。

       

      一時期祭りは下火あったが、最近、秋祭り保存会なるものが出来、再び秋祭りを活性化させようと活動を始めたようである。

       

      それから少しずつ祭りも活性化して来ているように感じていたが、いつの間にか私の家の前には神輿が来なくなった。

       

      それでも、花代だけは集めに来る。

       

      神輿は花代をもらったお礼に各家の前に来るものと解釈していたので、神輿が来ず花代だけを集めに来ることに違和感を感じていた。

       

      然も、祭り当日では無く、早々と事前に集めに来た。

       

      単にお金を集めて廻っている感じを受ける。

       

      私は折角の祭りなので、にぎやかしに家の前まで神輿が来て欲しいと言った。

       

      集めに来た人は、通るルートが決まっていて、○○さんの前には来ませんとそっけない返事。

       

      私は腑に落ちなかったが、祭りではあるし、大した額でもないので、それ以上は何も言わず、花代を渡した。

       

      昔からの秋祭りの伝統を復活させたいのなら、もっとやり方なり、対応の仕方があるのでは無いかと思う。

       

      これで本当に本来の趣旨に沿った祭りを復活させることが出来るのだろうか。

       

      祭りの花代に対する私の解釈が間違っているのかも知れないが、表面的に祭りという行為を復活させることにのみ注力し、地域住民のことは考えていないのでは無いのかと思わせる姿勢である。

       

      本筋を捉えていない形だけ整えようとしている活動は、決して地域活性化には結びつかないと思うのは私だけなのであろうか。

       

      「仏作って魂入れず」という諺を思い出す。

       

       


      夕焼け あっという間の変化

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        夕刻、外が真っ赤に染まっている。

         

        出てみるときれいな夕焼け。

         

         

        最近、自然に気付くことが多い。

         

        先日は孫と外に出ていたら、半月を見ながら、きれいなお月さまとだねと話をした。

         

        偶然同じ日、飲み仲間の同じ会社OBが半月の写真を撮ってラインに送って来た。

         

        曰く、月を愛でながら、酒を飲む優雅な生活をするとは考えてもみなかった。

         

        同感である。

         

        仕事中心、周りを見る余裕も無く、よく働いたものだと今頃になって感心する。

         

        今はゆとりのある穏やかな生活を送っているのは、そのご褒美だろうか。

         

        そんな他愛もないことを考えている束の間に、きれいだった夕焼けがあっという間に、普通の夕焼けに変わってしまった。

         

         

        美しい時は短い。

         

        これも自然がなせる業なのだろう。


        キーレスエントリ車の盲点

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          フィットネスに行った帰り、車に乗ろうとするとドアが開かない。

           

          何度試みても開かない。

           

          悪い予感がして、キーのバッテリーチェックをすると、電池が切れている。

           

          車を買うとき、電池切れになっても大丈夫、代替手段があると聞いていたが、どうすればよいか、まともに聞いていない。

           

          あいにく、その日はディーラーが休みの日。

           

          フィットネスクラブに訳を話して、駐車場に車を置かせてもらい、いったん帰ろうかと考えたが、変える意味が無いことに気付く。

           

          やむなく担当営業に電話する。

           

          非常時の対処方法を聞き、試みようとしたが、眼鏡を持って行っていなかったので、よく見えなくて場所がわからず、教えられた手順通り出来ない。

           

          もたもたしていると、営業マンから大丈夫でしたか?と心配の電話をくれた。

           

          眼鏡がないので良く見えず操作ができないと言うと、今から行きますと言って、フィットネスクラブの駐車場まで来てくれた。

           

          結局、換えの電池を持って来て電池交換をしてくれ、事なきを得た。

           

          然し、電池切れになったときは悲惨であること痛感した。

           

          目の前に車があっても何も出来ない。

           

          非常時の対処方法は複雑で、自分で出来るかどうか自信がない。

           

          セキュリティ面を考慮して、意図的に複雑にしている点はありがたいが、そういう局面に遭遇した本人はたまったものではない。

           

          キーレスエントリのキーの電池は絶えず、電波を出しているので、電池の消耗が激しく、1年しか持たない。

           

          携帯で電波に届かない場所に行くと、電波を出し続け、早く電池が無くなるのと同じである。

           

          当然スペアキーも同じ仕組みなので、使わなくても同じように1年しか持たない。

           

          今年、1年点検の時期を少しずらせたので、前回点検時より1年と一ヶ月くらい経っていた。

           

          そのお陰で痛い目に遭い、その代償として、確実に電池切れになることが明確にわかった。

           

          キーが電池切れになると、何も出来ないお手上げ状態となる。

           

          万が一、うまく非常時の操作でエンジンをかけられたとしても、ディーラーが休みだと、その日は電池交換が出来ない。

           

          日頃、便利に使っているキーレスエントリであるが、その裏にとんでもない状態が待ち受けている。

           

          今回の電池切れは良い教訓になった。

           

          そして気付いたことがある。

           

          電池の交換方法を聞いておき、そろそろ危ない時期になったと思ったら換えの電池を鞄に入れて持ち歩けば良いのだ。

           

          もう一つ学んだことは、出かける時は必ず携帯と眼鏡を持つこと。

           

          フィットネスクラブに行くときは眼鏡はもちろん、携帯も持って行かないことが多い。

           

          今回は、たまたま携帯を持っていたので、営業マンと連絡を取り、最悪の事態を免れた。

           

          煽り運転の問題もあり、携帯は文字通り、常時携帯することが肝要である。

           

          便利の裏に隠されたリスクは他にもたくさんあるだろう。

           

          これから、その観点でのチェックを怠らないようにしよう。

           

          休みの日に、わざわざ来てくれた営業マンには、ひたすら感謝である。

           

          同時にこれが旅行中だったらと思ったらぞっとする。


          大三島 レストランよし川 「鯛の骨蒸し定食」

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            大山祇神社に参拝し、美味しい魚を食べさせる店を探した。

             

            この辺りの情報は全く持っていないので、食べログを頼るしかない。

             

            目星をつけたレストランがよし川である。

             

            ジャンルにファミレスというキーワードが入っていたので、大きな期待をせず行った。

             

            店に着くと、駐車場が一杯で、かろうじて1台分空いていた。

             

            店の構えもファミレスの構えではない。

             

            これは期待できるかも知れないと店内に入る。

             

            店内の雰囲気は活気に溢れている。

             

            思ったより、もっと期待できそうだ。

             

            店は古くから営業している、大規模のレストランといった感じだろうか。

             

            地元の人達も会食で利用しているようだ。

             

            そのためかメニューが豊富で、逆に何にするか迷う。

             

            こういうところの旅行客の定番は海鮮どんぶり。

             

            然し、「鯛の骨蒸し定食」が目にとまった。

             

            こういうところでと言っては失礼だろうが、メニューに骨蒸しがあるとは思わなかった。

             

            魚が美味しいことを期待して、鯛の骨蒸し定食を注文する。

             

             

            この料理にして大正解。

             

            新鮮な天然鯛で、美味しい。

             

            もちろん目玉も美味しく食べた。

             

            魚のアラのすましも美味しく、源平なますの酢の味も柔らかい味でなかなかいける味。

             

            大満足の鯛の骨蒸し定食であった。

             

            余り期待しないで行って美味しい食事にありつけると、とても得をした気分である。


            休暇村瀬戸内東予 「瀬戸内魚介の夏会席」

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              吹揚神社お礼参り旅行では、気軽に行け然もお気に入りの休暇村瀬戸内東予で一泊。

               

              小高い丘の上に建ち、部屋から見下ろす瀬戸内の光景は素晴らしい。

               

               

              然も料理が安くて美味しい。

               

              下手な旅館よりはるかに良い。

               

              料理のスタンダードプランはバイキングであるが、こちらはそれなりの味なので、「瀬戸内魚介の夏会席」プランにした。

               

              このプランの売りは、アコウとシマダイ。

               

              トマトとシマアジのカルパッチョ&ナスの揚げ浸し

               

               

              刺身(アコウ、シマアジ、活きタコ、キス、カンパチ、サザエ)

               

               

              アコウ煮付け

               

               

              伊予牛鉄板焼き

               

               

              キスの梅肉揚げ

               

               

              伊予さつま汁

               

               

              フルーツ

               


               

              とにかく魚が美味しく、刺身は新鮮そのもの。

               

              醤油や塩が要らないくらい、素材の味だけで美味しい。

               

              カルパッチョは余り好きではないが、新鮮なシマアジのお陰で美味しく頂いた。

               

              アコウ煮付けは味付けが好みと若干異なり、折角のアコウが少々もったいない感じであった。

               

              キスの梅肉揚げも活きの良いキスだったので、シンプルな味が好きな私は揚げてくれるだけで良かった。

               

              伊予さつま汁は名物の郷土料理であるが、残念ながら苦手な料理で食べることが出来なかった。

               

              この休暇村瀬戸内東予は美味しい魚を食べに、一泊で気軽に行けるところである。


              友達とカープの新しい監督とコーチを考えたが...

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                高校時代の友達とカープ残念会をした。

                 

                話題になったのは、来季の監督とコーチ。

                 

                球団は、カープOBから選出すると表明したが、我々の意見ではこれを機会に外部から招聘するのが良いと意見が一致した。

                 

                今年のカープの試合を見ると、マンネリ化して、陰りが見えている。

                 

                監督が辞めたことを契機に新風を吹き込むべきだろう。

                 

                泥沼に陥る前にで変革を行うべきである。

                 

                内部昇格であると、従来の延長線上でしか、捉えることが出来ないので、代わり映えしないであろう。

                 

                停滞した企業が社外から経営者を引っ張って来るように、監督は外部招聘すべきだという論理である。

                 

                それではどういう布陣が良いか、勝手に考えた。

                 

                その結果

                監督:古田
                バッティングコーチ:石井
                ピッチングコーチ:黒田
                守備走塁コーチ:河田

                という結論に達した。

                 

                然し、今日のニュースで佐々岡が監督になりそうである。

                 

                我々の伯仲した議論の結果も一夜の夢に終わりそうである。

                 

                それにしても、緒方は賢い選択をした。

                 

                恐らく、来期以降が見えていたのであろう。

                 

                今なら、キャリアに傷がつくことなく、然も惜しまれて辞めることが出来る。

                 

                監督もさることながら、凝り固まった考えしか持てない首脳陣を変えて欲しい。

                 

                野球をろくに知らない素人評論家の戯言でした。


                今治城 吹揚神社にお礼参り

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                  我々夫婦にとって、吹揚神社は特別な意味を持っている神社である。

                   

                  その神社にお参りに行って来た。

                   

                  妻がガンの手術をして4年半経つ。

                   

                  幸い、半年ごとのPET検査で引っかかることなく、無事ここまで来ることができたことに感謝するのみである。

                   

                  最近、ずっと心に引っかかていることがあった。

                   

                  手術後、少し落ち着き、医者からもう旅行しても構わないと許しが出て、近場の今治に一泊旅行に出かけた。

                   

                  今治市内を車で走っていて、こじんまりとした今治城に二人とも惹きつけられ、城の中を歩いてみることにした。

                   

                   

                  城内に吹揚神社がある。

                   

                   

                  その神社に妻と私二人とも更に心が惹かれ、二人で自然に手を合わせて拝んだ。

                   

                  初診時、医者からステージ4で延命治療しかないと宣告され、心は千々に乱れたが、二人とも覚悟を決めた。

                   

                  然し、医者が奇跡だと驚くほど程、抗がん治療の効果が顕著に現れ、奇跡的に手術することが出来た。

                   

                  妻が抗がん治療の辛さに耐え、頑張ってくれたお陰である。

                   

                  手術後のきつい抗がん治療にも耐えてくれ、何とか落ち着いたところで、少しは気分が晴れるだろうと出かけた旅行であった。

                   

                  私は色々な神社で妻が治りますようにと拝んだが、多すぎてどこでお願いしたか、はっきり覚えていない。

                   

                  然し、吹揚神社だけは、はっきり覚えている。

                   

                  妻に至っては、自分はもうダメだろうと感じ、なるべく美しい思い出を残したいということだけを考えていたようである。

                   

                  だから、どこに行っても自分が治りますようにと拝んだことがなかったようだが、吹揚神社では自然に病気が治りますようにと拝んだのである。

                   

                  結局、妻は吹揚神社だけにしかお願いしていない。

                   

                  単なる偶然かも知れないが、私達には偶然とは思えなかった。

                   

                  私は特に信仰心が厚いわけではないが、私達が何を話したわけでもなく、同時に同じ気持ちになって自然と手を合わせたのは偶然とは思えないのである。

                   

                  絶対にお礼参りに行かなければと思いながら、日が経ってしまったが、今回やっとその思いが叶った。

                   

                  お礼を済ませ、とても清々しい気持ちで、また楽しい二人の人生が楽しめると確信に近いものを感じた。

                   

                  日頃不遜な私であるが、これから謙虚な気持ちで、妻と二人の人生をもっともっと楽しみたい。


                  こじんまりした庭で新しい生活スタート

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                    息子の家に土地を提供したことで、我が家の庭は前の1/10位に減った。

                     

                    然も半分はセメントを塗ったので、植木を植える空間は1/20程度になった。

                     

                    残した庭石と植木は何れも小さいもので、庭石:5つ、植木:6本である。

                     

                    庭石の1つは息子がモニュメントとして欲しいというので譲った。

                     

                    自分の家の中にも昔から家にあるものが欲しかったのだろう。

                     

                    その石は世代を超えての継承するものとなるだろうと思うと、そのようなことを考えてくれる息子の気持ちが嬉しい。

                     

                    さて狭くなってしまった庭であるが、考えようによってはこれも立派な終活である。

                     

                    この2、3年、庭を持て余し状態であった。

                     

                    30年間、手入れをお願いしていた庭師の方が倒れられ、丸2年木は大きくなり放題で、手がつけられないほど、生い茂っていた。

                     

                    腰痛のため、体を曲げることが出来ず、草を抜くのもままならない。

                     

                    2年も放置すると、庭全体が荒れ放題である。

                     

                    それでも周りの緑が無くなることには抵抗があったが、息子を助けるためなら躊躇することなく、庭を潰すこととした。

                     

                    息子の家の完成と同時にリニューアルした私の小さな庭も完成した。

                     

                     

                    残した木を植え、整地し直すと、それなりに良い庭が出来そうである。

                     

                    この程度であれば、私も手入れが出来る。

                     

                    後、2、3本の木が植えられそうである。

                     

                    さて何を植えようか。

                     

                    やはり紫のバラが良いだろうか?

                     

                    焦ることはない。

                     

                    これからの楽しみに、ゆっくり時間をかけて考えるとしよう。

                     

                    とても新鮮な気持ちで、新しい生活がスタートした気分である。

                     

                     


                    我が家に黒船がやって来た

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                      息子の新居が完成し、引っ越して来た。

                       

                      夫婦二人のまったりとした生活に黒船がやって来たようなものである。

                       

                      特に可愛い小さな使節は手強い。

                       

                      グランパ、グランマと大きな声を上げてやって来て、にっこりされると手の施しようがなく、為すがままである。

                       

                      然も突然やって来る。

                       

                      とかく年寄り二人だと、出かける予定がない時は、だらけた生活を過ごしてしまう。

                       

                      出かける機会も少なくなると、徐々に生活のメリハリがなくなっていくことを薄々感じていた。

                       

                      これでは老け込むばかりと危機感を持つものの、ついつい安易な方向に行ってしまうものである。

                       

                      我が家にやって来た黒船に大いに刺激を受けた。

                       

                      この刺激をきっかけとして、だらけがちであった生活をメリハリのある生活に戻す絶好のチャンス到来である。

                       

                      折角、庭を解体し、大好きだった樹木や池を潰してやって、隣にやって来た息子家族である。

                       

                      ささやかな庭しか残らないが、それ以上の喜びが待っている。

                       

                      これを機会に心機一転、新生活にチャレンジしよう。

                       

                      そして、小さな使節からカッコイイグランパと言われるように溌剌としていたい。

                       

                      老いるのは身体が動かなくなってからで十分である。


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