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ショック! 大成軒の経営者が変わった

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    妻を定期検診に連れて行った孵り、久しぶりに大成軒に行った。

     

    この店のお気に入りの酢豚定食を注文。

     

    然し、いつもの大将がおらず、従業員も変わっている。

     

    注文した酢豚定食が来る。

     

     

    内容が今までと違っている。

     

    ワンプレートに酢豚、ご飯、サラダを盛っていたものが、それぞれお皿に盛られている。

     

    それに加え、鶏の唐揚げ、デザートの杏仁豆腐が付いている。

     

    酢豚そのものはなかなか美味しいと思ったが、何か物足りなさを感じた。

     

    明らかに経営者が変わっている。

     

    厨房の中の料理人は日本語が話せないようで、客相手をしている女性が通訳も兼ねているようである。

     

    大成軒が気に入っていた理由は味もさることながら、大将の暖かい人柄にある。

     

    妻が入院中、知った店である。

     

    入院中は、毎日、病院に通い、病室で一緒に夕食を取っていた。

     

    沈んでいる妻の気持ちを少しでも明るくさせてやりたいと思ったからである。

     

    最初はそごう、福屋、三越のデパ地下で弁当を買っていたが、自分の好みは限られているので、買うものは何種類かに固定されてしまう。

     

    少し変化をつけたいと思い、病院の近くを探し、見つけたのが大成軒である。

     

    この店では作った料理をテークアウトできた。

     

    最初に食べた酢豚弁当は、デパ地下の冷たい弁当に比べ、作りたての暖かい酢豚、ご飯は、とても美味しく感じた。

     

    妻は病を患って以来、随分辛い思いをしている。

     

    同時に側にいながら、何もしてやれない私も辛い思いをしている。

     

    一緒に食事をしていても、時には沈んでいる妻を見ると、私もいたたまれなくなる。

     

    そういう日々の中で、大成軒の大将の暖かい気持ち・言葉に随分救われた。

     

    退院して、病状も改善し、定期検診の帰りに妻を大成軒に連れて行った。

     

    しばらく行かなかったので、心配してくれており、「ずっと病院に来なくてもよいくらい、病状が回復し、病院に行く回数が減ったので、ここに来る機会がなかった。」と言うと、「良かったですね。しばらく来られないので心配していたんですよ。何と言っても来なくてすむことが一番、いつまでもこの店に来るようではいけません。」と言ってくれた。

     

    それまで特に酢豚が好きなわけではなかったが、大成軒の酢豚を食べて以来、好きになったのは、大成軒の大将の暖かさが酢豚好きにしたのだと、しみじみ感じた。

     

    料理は、単なる食材、味付けや盛り付けだけではない。

     

    もっとも大事なのは作る人のハートだ。

     

    今でも病院に行くと、当時のことを思い出し、憂鬱な気分になる。

     

    やむを得ないことであるが、そうした時、気分を明るくさせてくれる大将がいなくなり、ショック。

     

    何か大事なものを失った気分である。

     


    宮島 平松茶屋

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      平松茶屋からの眺めが好きで、ベトナム在住の友人が来た時、一押しのお薦めスポットとして案内した。

       

      久しぶりの平松茶屋であったが、ちょっと来ない間に辿りつくまで随分きつい思いをし、自分の歳を感じざるを得ない。

       

       

      ここから見える鳥居、千畳閣、五重塔の眺めが好きだ。

       

       

      テレビで映る聚景荘からの景色とは若干趣が異なり、私はこちらの景色の方が好きだ。

       

      正面に見える鳥居は、瀬戸内海から神の島 厳島への出入り口のように感じる。

       

       

      並び立つ千畳閣と五重塔を眺めていると、何とも言えない不思議な感慨に浸る。

       

       

      宮島の歴史を少し学んだことがあり、恥ずかしながら、その時初めて千畳閣が豊臣秀吉が建てた神社であることを知った。

       

      857畳分の広大な建築物であるが、荒れ果てた感じがするのは、建築途中に秀吉が亡くなり、、板壁も天井の板もない未完成の状態のままとなっているからだろう。

       

      豪華絢爛のイメージが強い秀吉とのギャップが凄い。

       

      この地で、陶晴賢が毛利元就と戦ったということも身近に感じる。

       

      廿日市市に陶晴賢の墓があるからかも知れない。

       

      ここに来ると、昔の時代に思いを馳せることもあり、理由のない感慨に浸るのであろう。

       

      平松茶屋では進められるまま、冷たい抹茶を飲んだが、写真を撮り忘れたと話していたら、写真を撮って下さいともう一杯余分に持って来てくれた。

       

       

      暑い時の冷たい抹茶で思い出すのは、夏に京都旅行した際、銀閣寺の駐車場で買ったペットボトル入りに冷たい抹茶がメチャクチャ美味しかったことを思い出す。

       

      かなわぬ願いかも知れないが、あのお茶をもう一度飲みに京都に行ってもよいくらいである。

       


      宮島 ふじたや

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        前回書いたが、初めて行くふじたや。

         

        予約できず、待たされるのを覚悟して行かなければならないと聞いていたが、私達が行った日は運良く、最後の空き席があり、待つことなく食事できた。

         

        あなごめしの前の酒のおともを注文。

         

        あなごの肝

         

         

        あなご南蛮

         

         

        鯛酒盗

         

         

        どの小鉢も美味で、あなごめしへの期待が更に膨らむ。

         

        吸い物と出て来たあなごめし

         

         

         

        ホタテは良い出汁になるが、吸い物に入っているのは珍しい。

         

        評判通り、確かに美味しく、これはいける。

         

        焼いたアナゴだと思うが、食感はふんわりとしているので、単に焼いただけではなさそうだ。

         

        この店独特の調理法があるのだろう。

         

        ちょっとした中庭がついているのも落ち着いていいものだ。

         


        後から聞いたが、ミシュラン一つ星の店だとか。

         

        ひとの食の好みは千差万別である。

         

        ミシュランの星がついていても、私に取って、美味しいと思わない店は多いので、ミシュランの評価は意に介していないが、この店のミシュラン一つ星は納得。

         

        詳細については触れないが、ある著名なあなごめし屋で、味以前の問題で、二度連続して嫌な思いをし、その店は二度と使わないと決めている。

         

        今回、ベトナム在住の友人は、その著名な店に行きたがったが、私が敢えてその店を外し、敢えてふじたやを薦めた。

         

        友人は美味しかったと言って、広島に来た時、必ず立ち寄る店の一つに入れると喜んでいた。

         

        宮島に行く時のあなごめしは、今後ふじたやで決まりである。


        友、ベトナムより来たる

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          私には同じ会社のOBで、ずっと付き合いを続けている飲み友達が5人いる。

           

          現役時代、同じ部門の人間は一人もいなかったが、何故か気のあった5人である。

           

          それぞれ個性が強い変わり者の集まりである。

           

          5人の内、4人は定年前に退職し、一人は転職、私を含め二人は企業、もう一人はベトナム女性と結婚し、ベトナムへ移住。

           

          会社を一人抜け、二人抜けしていったが、もう20年以上経つが、つきあいだけはずっと続けている。

           

          現在、3人は広島、残りの二人はベトナム、浜松と異なった場所に住んでいるので、ラインで情報交換している。

           

          今回、ベトナム在住の友が日本に帰国することになり、広島で会うことで意見がまとまった。

           

          丸一日は時間があると言うので、どこに行くか、何を食べに行くかで、ライン上で活発な意見交換。

           

          まとまった案は


          ・宮島に行き
          ・ふじたやであなごめしの昼食
          ・いわむらもみじ屋でもみじ饅頭を食べ
          ・平松茶屋でお茶し
          ・広島駅に戻り
          ・変貌した駅ビルを回り、蔦屋家電で時間を潰し
          ・その後、マツダスタジアムツアーに参加
          ・コストコで時間を潰し
          ・江の川で夕食
          ・その後、カープが勝っていれば、スポーツバーへ


          というスケジュールで一日を過ごすことにした。

           

          ふじたやの評判は聞いていても行ったことがなく、期待に胸を膨らませて行く。

           

          噂に違わず美味しい。

           

          いわむらもみじ屋は、残念ながらお休みの日でもみじ饅頭買えず。

           

          平松茶屋に行く。

           

          平松茶屋は久しぶりに行ったが、たどり着くまで、こんなにきついとは。

           

          年取ったせいであろう。

           

          ここから眺める景色はいつ見ても美しく、大好きである。

           

          カープファンであるが、マツダスタジアムに一度も行ったことがない私に取って、スタジアム内ツアーはとても楽しいツアーであった。

           

          然し、全く日陰の無い球場にはいささか疲れた。

           

          江の川は、予約時、魚オンリーで食事内容を頼んでおいた。

           

          小鉢、刺身、握り寿司が固定で後はお任せというコースであるが、私のわがままを聞き入れてもらい、朝獲れのメバルの煮付け、小いわしの刺身、鮎の甘露煮と美味しい魚づくしで、日頃食べることが出来ないベトナムの友人がとても喜んでくれた。

           

          夕食後、スポーツバーに行き、カープ観戦予定であったが、当日は敗色濃厚で、しかも一日中歩き回ったおじさん連中は疲れ果て、解散することにした。

          当日、浜松在住の友人は都合つかず不参加であったが、ふじたやのあなご飯を食べられないことを残念がり、あなごの代わりに浜松の著名なうなぎ屋に行き、うなぎを食べながらライン参加した。

           

          お互い、食べた料理の写真と味の感想を送りあったが、これもまた楽しであった。

           

          次回は、みんなでベトナムに押しかけようということで、今回の楽しい会はお開きとなった。

           

          メンバ全員、自由人なので、世界のどこにでも集まれるところがまた楽しい。


          今年も届いた悲しいメール「○○さんに誕生日のメッセージを送信しよう!」

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            私は自分の個人情報をなるべく露出させたくないので、Facebook以外のSNSには手を出していない。

             

            Facebookは、当時同じ勤務先の後輩の勧めでエントリーした。

             

            動機は職業上、SNSの可能性を実験したかったからである。

             

            プロフィールはまともに登録したが、登録した友人は後輩の彼のみでスタート。

             

            彼と実験開始後、しばらくして彼の病気が悪化し、Facebookでの更新が途絶えた。

             

            彼はガンを患っていた。

             

            メールでガンが転移し、病状が悪化していることを知った。

             

            かなり悲惨な闘病生活であった。

             

            私はそれ以降、病状を聞くことが辛くなり、私の方から積極的にアクセスすることを止めた。

             

            それから約一年後、Facebookからの誕生祝いメッセージ送信のメールが届き、思い切ってFacebookにログインし、彼にアクセスした。

             

            その時、既に彼が、一年前に亡くなっていたことを知り、恐れていたことが現実となり愕然とした。

             

            彼の息子さんから、父が亡くなり、無事一周忌法要を終えたこと、生前お世話になったお礼が書きこまれていたからである。

             

            広島と東京と離れていたので、病状を聞く度、励ますことしか出来なかったが、闘病生活をしながらも、きちんと仕事をこなし、いつも明るく振る舞っていた彼の生き方には改めて尊敬の念を抱いた。

             

            本当に良い人間だった。

             

            最初は仕事を通じての付き合いであったが、生きていれば、友として今も親しく付き合っているであろう。

             

            息子さんもアカウントを消すことが辛いのだろうか、まだアカウントが残っており、毎年、Facebookから無機的な誕生祝いのメールが届く。

             

            最初は、何と酷なメールだろうと思っていたが、毎年、メールが届くことで彼を思い出す。

             

            年数が経つと忘れがちな彼のことを年一回、思い出すきっかけを与えてくれるのも悪いことではないと思えるようになった。

             

            一切、Facebookは使っていない私であるが、アカウントを残しているのは、彼のことを思い出すことが出来るからである。

             


            ボーカルレッスンの思わぬ効果

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              ボーカルレッスンを受け始めて、半年経つ。

               

              レッスン内容は最初に口をほぐす簡単な運動をし、基本的な発声練習をした後、チャレンジする課題曲を練習する。

               

              レッスンを受けて感じたことは、嚥下効果対策に通じるものがあるということである。

               

              発声練習の内容は詳細を省くが、嚥下対策の「パタカラ体操」を包含していると思う。

               

              一言で言うと、口や舌の運動を行い、鍛えているのである。

               

              これは期待していなかった大きな副次効果である。

               

              最初の課題曲は、私の好きなプレスリーの「Can't Help Falling in Love」を選んだ。

               

              この曲を選んだのは、好きな曲であること以外に少しでも英語に触れようと思ったからである。

               

              レッスンを受けて気付いたことがもう一つある。

               

              日本語は口や舌を余り使わなくても話すことが出来る。

               

              それに対して、英語はしっかり口や舌を使って話す。

               

              英語の歌を歌うことで、より口や舌の運動になる。

               

              これはいい!

               

              5月で、最初の課題曲である「Can't Help Falling in Love」を終了し、6月から次の課題曲である「Let It Be」にチャレンジ。

               

              然し、「Let It Be」を歌うのは意外と難しいことに気付いた。

               

              口語の省略形が多い上、日本語にない「L」、「TH」、「W」の発音が多く、まず歌詞をきちんと歌える必要がある。

               

              この曲、英語の発音練習にも良い。

               

              直ぐ飽きて止めてしまうかも知れないと思って始めたボーカルレッスンであるが、色々な面でメリットを見出せ、思ったより長続きしそうである。


              湯来町 団栗亭

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                断捨離作業中は、どこにも行けず、またその疲れで体調不良に陥っていたので、先日気分転換を図ろうと近場の湯来町までドライブしてきた。

                 

                湯の山温泉と湯来温泉を廻った。

                 

                湯の山温泉は、広島藩主浅野家の湯治場として盛えた歴史のある温泉場で、国の有形重要民俗文化財に指定されていると聞いている。

                 

                然し、観た光景に随分寂れた感じを受けた。

                 

                新しいクアハウスがあり、そちらは大勢の客がいたので、昔からの湯治場旅館は姿を消すかも知れない。

                 

                私には蛍が飛び交い、カジカの声が聞こえるゆったりとした風情が楽しめるイメージがあっただけに、寂しい気がする。

                 

                気分転換のドライブの大きな目的は、老舗旅館で夕食を食べることにあった。

                 

                この時期、美味しい鮎料理でも食べられるのではないかと期待していたのである。

                 

                然し、残念ながらそのようなところはなく、食べはぐれてはいけないと思い、団栗亭に行くことにした。

                 

                団栗亭はよく見かけているレストランではあったが、一度も行ったことが無いものの、美味しい店という評判は聞いていた。

                 

                帰り道、団栗亭に入る。

                 

                清潔感が漂う店内である。

                 

                過去の私の経験から、このような雰囲気の店は当たり外れが少なく期待して良い。

                 

                ヒレカツセットを注文。

                 

                運ばれて来たのは飾り気のないプレートであるが、味はなかなか良い。

                 

                 

                ちょっと量が多いかなと思ったが、あっという間に完食した。

                 

                従業員の接客態度も感じ良く、ちょっとドライブがてら、食事しに行くのに絶好の店と感じた。

                 

                病気を抱える妻を少しでも薬にさせてやるため、これから団栗亭はちょくちょく使う店になるだろう。


                今月のコーヒーカップ アウガルテン「ウィンナーローズ」

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                  今月のコーヒーカップはアウガルテンの「ウィンナーローズ」。

                   

                   

                  何となくほっとさせられる優雅なデザインがお気に入りのコーヒーカップ。

                   

                  以前紹介したグリーンの「マリアテレジア」の重々しい重厚なデザインに比べ、明るく優雅な感じがするデザイン。

                   

                  鬱陶しい梅雨の時期に明るいバラの花でコーヒーを楽しもうと選んだ今月のコーヒーカップである。


                  改めて断捨離の意味を考えてみる

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                    断捨離作業を行って、考えさせられることが多く、改めて断捨離の定義を確認した。

                     

                    ウィキによると

                     

                    断捨離(だんしゃり)とは、不要な物を減らし、生活に調和をもたらそうとする思想であり、やましたひでこ(山下英子)の著書において発表された。
                    「断捨離[1]」「クラターコンサルタント[2]」は山下英子の登録商標

                    断捨離は、「もったいない」という固定観念に凝り固まってしまった心を、ヨーガの行法である断行(だんぎょう)・捨行(しゃぎょう)・離行(りぎょう)を応用し、
                    断:入ってくるいらない物を断つ。
                    捨:家にずっとあるいらない物を捨てる。
                    離:物への執着から離れる。
                    として不要な物を断ち、捨てることで、物への執着から離れ、自身で作り出している重荷からの解放を図り、身軽で快適な生活と人生を手に入れることが目的である。
                    ヨーガの行法が元になっている為、単なる片付けとは一線を引く。

                     

                    とある。

                     

                    なるほど!

                     

                    断捨離とは不要なものを捨てることと、即ち、「捨」を行うことと単純に考えていたが、もっと幅広い概念であることが分かった。

                     

                    今回、断捨離作業を行って、そのことを実感した。

                     

                    「捨」を行う事で、自分がいかに無駄な生活をしていたか、またそのような生活をしていたことが原因で、「捨てる」というしんどい作業を行うことを余儀なくされた。

                     

                    最初から不要なものを買わなかったら、今回のような思いをしなくてすんだはずである。

                     

                    もう二度と、このようなしんどい作業をしたくないと思うと、必然的に「断」、即ち入ってくる要らないものを絶つことは容易である。

                     

                    ただ、「離」については、異論がある。

                     

                    仏門の世界に入るのならともかく、まだ残りの人生を楽しみたいと思っている私には、「物への執着から離れる」ことなど到底出来ない。

                     

                    むしろ好奇心を失うことなく、これからも新しいことにチャレンジして行きたいと考えているので、「物への執着」をなくすことは出来ない。

                     

                    残りの人生、「断捨」を実践することにより、豊かで充実したな生活を送りたいものである。

                     


                    断捨離敢行のつもりが...

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                      息子家族が近くに引っ越して来ることを契機に断捨離を始めた。

                       

                      連休からスタートし、先週末やっと一段落付いた。

                       

                      と言っても4トントラック1台分、廃棄出来たに過ぎないので、無理矢理一段落つけたと表現した方が正しい。

                       

                      重い荷物は息子が全て運び出してくれたので、ここまで出来たようなものであるが、後は日々の作業に疲れ果て、体力・気力の限界を感じ、出来るところまでで止めた。

                       

                      まだまだ、多くの不要な荷物があるが、やっとの思いで4トン分の荷物を処分した後処理が、また大変であることに気付く。

                       

                      一部屋は完全に物入れ部屋と化し、開かずの間であった。

                       

                      出来た空間をきれいに掃除し、残った荷物を再配置するという、うんざりする作業が待っている。

                       

                      それにしても、今まで何と無駄な生活をしていたことか。

                       

                      否が応でもその実態を突きつけられ、今更ながら自己嫌悪に陥っている。

                       

                      まだ値札が付いている服やバッグ、食器等々。

                       

                      日頃やり慣れていない作業、脊柱管狭窄症で思うように動かない身体等々で、疲れ果てた。

                       

                      もうこれ以上は無理である。

                       

                      高年齢になっての断捨離作業は、本当に厳しい。

                       

                      当初目標に対し、恐らく半分以下の達成率で、中途半端な断捨離作業であったが、良いこともあった。

                       

                      昔は買いたいと思った品は、後先考えず買っていた。

                       

                      然し、断捨離作業を始めて以来、ものを買いたいという欲望が嘘のように消え失せている。

                       

                      何を見ても欲しいと思わなくなった意義はとても大きい。

                       

                      無駄なものにお金を出し、捨てるのに、またお金を出す。

                       

                      私に取って、耐えがたい矛盾。

                       

                      残りの人生、生活するには十分過ぎるものが揃っている。

                       

                      不必要なものはまだたくさん残っており、完全な整理は出来ていない。

                       

                      然し、それで十分である。

                       

                      断捨離に完璧に行う事は至難の業で、これ以上やると体の方が壊れる気がする。

                       

                      全てを完璧にやろうと構えてやるのではなく、出来るところだけやろうと、自然体でやればよいこともわかった。

                       

                      今まで、随分無駄で傲慢な生活をしていたせいで、手持ちのお金は少ないが、余計な購買欲がなくなり、無駄使いをしなくなれば何とかなるだろう。

                       

                      但し、人生を楽しむことは絶対に放棄したくない。

                       

                      私の場合、限られたお金は食事や旅行に使い、残りの人生を楽しめれば十分である。

                       

                      ここまで書いて、やっと当たり前のことをやろうと考え始めただけのことと気付き、赤面の思いである。


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