庭の照明を楽しむ

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    外出自粛のお陰で、私には考える余裕が出来、心にゆとりが出てきたように感じる。

     

    庭についても然りである。

     

    見向きもしなかった庭であるが、毎日の手入れが楽しく、今頃になって庭を楽しむ心境になってきた。

     

    残したサツキを眺め、新たに植えた3本のバラを眺めることが楽しみになり、生活の一部に組み込まれた。

     

    植木だけでなく、庭全体の雰囲気も楽しみたいと思うようになり、先日来、小さな庭園灯を、2種類、計4本の庭園灯を設置した。

     

    暗がりに光る庭園灯は、予想以上に風情がある。

     

     

    ソーラー仕様になっており、日中の光で一晩中輝いている。

     

    作りは大したものではないが、灯りがついた時の効果をよく考えていると感心する。

     

    この庭園灯を2本設置し、後の2本は松明のようなゆらゆらとゆれる灯りである。

     

    暗いところでは、幻想的な雰囲気が漂い、見ているだけで心が豊かになる。

     

    昔の庭は父が造園屋に作らせた庭で、今から考えると、手前に私達子供が遊べるように芝生の空間があり、その後ろに池を配置し、更に奥には築山を築いたとてもよく考えて作られた庭園だった。

     

    子供のころは大きな金木犀の木に登り、上から庭を眺め、天下を取ったような気分になったものである。

     

    芝生の空間の端っこに穴を開け、反対側からお手製のパターで野球のボールを打ち、何回で穴に入れることができるかよく遊んだものだ。

     

    考えたら、今でいうグランドゴルフをして遊んでいた。

     

    然し、社会人になり、運良く転勤で広島に帰ってきたものの、仕事が忙しく、庭を楽しむ余裕はなかった。

     

    バラの木は随分買ったが、手入れは全て妻がやっていた。

     

    時間的余裕が出来ても、庭を楽しむと言うより、手入れすることが苦痛であった。

     

    結局、庭を潰して息子に家を建てさせ、猫の額ほどの庭になったが、却ってほどよい広さになったので、手入れをするようになり、その結果愛着が出て来
    て、更に庭を楽しむようになった。

     

    年寄りが庭の手入れをするには限界がある。

     

    庭に出ると、孫のくったくのない笑い声が聞こえる。

     

    私にとって子供の頃の思い出がいっぱい詰まっている庭であるが、思い切って潰して良かったとしみじみ思う。

     

    今朝、早朝、まだ4本の庭園灯がついていたので、写真を撮ろうと、庭に出たが、まだ薄暗かったせいかセンサーライトが点灯し、きれいに撮れなかった。

     

     

    いつかセンサーライトのスイッチをオフにし、真っ暗な状態で写真を撮ろうと思う。


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