違和感ある「夜の街」という表現

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    東京アラートが宣言された以降、小池知事が「夜の街」という表現をよく使っている。

     

    「夜の街」で感染者増大の割合が増えているので警戒が必要だと発信している。

     

    実際、新宿の1軒のホストバーで12人の感染者が出ているので、警戒しなければならないことは確かである。

     

    然し、私は小池知事の「夜の街」という発言に違和感を感じる。

     

    「夜の街」とは、具体的などこを指すのか?

     

    余りに抽象的すぎて、聞く方がどう対応して良いかわからない。

     

    安全サイドに倒して考えると、飲み屋街に出掛けないということになる。

     

    広島を例にとって考えると、夜の流川に出掛けるのは止めようということになる。

     

    では、流川全体がそんなに危険なのかと言うと、一概には言えない。

     

    今回の新宿の例では、事実は一軒のホストバーが危ないということだけである。

     

    テークアウト弁当を取りに行った店で感じたことは、どの店の店主も店を潰さないため、自粛を守りながらも必死になって働き、テークアウト弁当を作っていることだ。

     

    彼らはもがき苦しみながらも、規律を守り、必死になって戦っているのである。

     

    買いに行くのは安い弁当であるが、その弁当を買ってもらうだけでありがたいと思っている気持ちが表れている。

     

    抽象的な表現を取ることで、そのような店まで自粛の対象にしていいのだろうか。

     

    ある店主が言っていた。

     

    テークアウト弁当は当分続けるつもりだが、梅雨時になると食中毒が恐いので、様子見です。

     

    自分の店が食中毒を出すと、自分の店もさることながら、同業の店全体に迷惑をかけることになります。

     

    その店主の姿勢が気に入り、新型コロナが一段落したら、絶対に行こうと思った。

     

    東京も「夜の街」という曖昧模糊とした表現では無く、ストレートに新宿のホストバーとストレートに言うべきではないだろうか。

     

    曖昧な表現を取ることで、関係ない真面目な店まで、煽りを食らうことになる。

     

    小池知事も一度、自分でテークアウト弁当を取りに行ってみれば、発言も変わって来ると思う。

     

    「夜の街」という表現は1つの例に過ぎず、全般的に言えることは、国全体が的確な情報を必要に応じ、オープンにすべきだと思う。

     

    情報を隠したり、出した情報が間違っていたり、表現が曖昧だったりするので、国民は判断の拠り所がなく、その結果、必要以上に慎重になる。

     

    これでは、経済のV次回復は遅れるばかりである。
     


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