断捨離敢行のつもりが...

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    息子家族が近くに引っ越して来ることを契機に断捨離を始めた。

     

    連休からスタートし、先週末やっと一段落付いた。

     

    と言っても4トントラック1台分、廃棄出来たに過ぎないので、無理矢理一段落つけたと表現した方が正しい。

     

    重い荷物は息子が全て運び出してくれたので、ここまで出来たようなものであるが、後は日々の作業に疲れ果て、体力・気力の限界を感じ、出来るところまでで止めた。

     

    まだまだ、多くの不要な荷物があるが、やっとの思いで4トン分の荷物を処分した後処理が、また大変であることに気付く。

     

    一部屋は完全に物入れ部屋と化し、開かずの間であった。

     

    出来た空間をきれいに掃除し、残った荷物を再配置するという、うんざりする作業が待っている。

     

    それにしても、今まで何と無駄な生活をしていたことか。

     

    否が応でもその実態を突きつけられ、今更ながら自己嫌悪に陥っている。

     

    まだ値札が付いている服やバッグ、食器等々。

     

    日頃やり慣れていない作業、脊柱管狭窄症で思うように動かない身体等々で、疲れ果てた。

     

    もうこれ以上は無理である。

     

    高年齢になっての断捨離作業は、本当に厳しい。

     

    当初目標に対し、恐らく半分以下の達成率で、中途半端な断捨離作業であったが、良いこともあった。

     

    昔は買いたいと思った品は、後先考えず買っていた。

     

    然し、断捨離作業を始めて以来、ものを買いたいという欲望が嘘のように消え失せている。

     

    何を見ても欲しいと思わなくなった意義はとても大きい。

     

    無駄なものにお金を出し、捨てるのに、またお金を出す。

     

    私に取って、耐えがたい矛盾。

     

    残りの人生、生活するには十分過ぎるものが揃っている。

     

    不必要なものはまだたくさん残っており、完全な整理は出来ていない。

     

    然し、それで十分である。

     

    断捨離に完璧に行う事は至難の業で、これ以上やると体の方が壊れる気がする。

     

    全てを完璧にやろうと構えてやるのではなく、出来るところだけやろうと、自然体でやればよいこともわかった。

     

    今まで、随分無駄で傲慢な生活をしていたせいで、手持ちのお金は少ないが、余計な購買欲がなくなり、無駄使いをしなくなれば何とかなるだろう。

     

    但し、人生を楽しむことは絶対に放棄したくない。

     

    私の場合、限られたお金は食事や旅行に使い、残りの人生を楽しめれば十分である。

     

    ここまで書いて、やっと当たり前のことをやろうと考え始めただけのことと気付き、赤面の思いである。


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