外国人労働者が逃げたくなる居酒屋

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    ブログを余り書かないため、またしばらく昨年の東京の話題を書くことをご容赦願う。

     

    広島に帰る前の日は、荷物の帰り支度などがあるため、夕食はホテルの近くで済ませることにした。

     

    高知の郷土料理を出す居酒屋が面白そうで、そこで夕食を取ることにした。

     

    売りのわら焼きの大きな炎が上がる。

     

     

    あん肝

     

     

    どろめ

     

     

    かつをの塩たたき

     

     

    イモ天

     

     

    地魚のじゃこ天

     

     

    きびなごケンピ

     

     

    牛タンの藁焼き

     

     

    アイスクリン

     

     

    居酒屋チェーン店にしては、珍しいメニューが多く、味も良かったが、途中で気分を害し食欲を無くしてしまった。

     

    厨房にいる数人のベトナム人の従業員がおしゃべりひとつせず黙々と働いている。

     

    外国人労働者のことが色々取り沙汰されているなか、すごくよく働くベトナム人だと感心して見ていた。

     

    ところが、奥にいる唯一の日本人男性だけ、椅子に座ってスマホで遊んでいる。

     

    流行っているのか店の中は混んでいる。

     

    忙しく料理を運んでいる女性に、スマホで遊んでいる男性は店長かと訊くと、料理長ですという返事。

     

    居酒屋チェーンなので、味付けした料理の冷凍を各店に配り、店では焼く、煮るくらいのことしかしていないはずなので、通常の飲食店の料理長がするような作業は無いと思う。

     

    恐らく、厨房内の管理者という位置付けだろう。

     

    その管理者が一番さぼっているとは信じがたいことである。

     

    これでは、一生懸命、真面目に働いているベトナム人が可愛そうでたまらない。

     

    まだ食べてみたい料理があったが、この光景を目の当たりにして、食べる気がしなくなり、大好きなアイスクリンを食べ、店を後にした。

     

    支払いをするとき、店長に、「あの料理長を鍛え直さないと、真面目なベトナム人に逃げられてしまうよ」と、つい、余計な一言を言ってしまう。

     

    外国人の雇用を積極的に進めようとしている現在、雇用側も実態を正確に把握し、金銭面だけではなく、環境や体制を整備して対応しないと、まともな外国人の雇用は思うようには進まないだろうと痛切に感じさせられた居酒屋であった。

     

    面白い料理、味も良し、価格もリーズナブル、そんな店だけに残念である。

     

     


    白髪考

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      以前、白髪を染める政治家について、いかがなものかと語ったが、私もかつては白髪が気になり、染めていた。

       

      然し、ある時、大きな疑問が湧いてきた。

       

      世界に目を向けると、黒、金、赤、銀等々、人種や人により、髪の色は千差万別である。

       

      私は、アメリカ人が金髪であろうが、赤毛であろうがその違いを気にすることはない。

       

      むしろ、その人の特徴の一つとして捉えている。

       

      同じように、外国人が日本人の髪の色をいちいち気にして気にしているとは思えない。

       

      世界全体で見れば、髪の色が何色であろうが、「その人」には変わりはない。

       

      日本人だからと言って、何故黒髪にこだわらなければならないのだろうか?

       

      白髪が何故悪いのか?

       

      気にすること自体がおかしく、むしろ染めることが不自然なことではないのだろうか。

       

      そう考え始めると、自分は何故染めているのだろうと思い始め、染めることが馬鹿らしくなった。

       

      それから、染めることを止め、今は真っ白な白髪である。

       

      年を取れば、髪の色が変わる人もいれば、髪の毛が抜ける人もいる。

       

      顔のしわも増え、体型も変わる。

       

      全て、自然なことである。

       

      自然に逆らって、髪だけを染めて、何の意味があるのだろうか。

       

      むしろ、いつまでも好奇心を持ち、行動する若々しい心を持つことのほうがはるかに大事であると思う。

       

      白髪を染める時間があったら、一つでも新しいことにチャレンジすることの方が、はるかに良い。

       

      そうすることで、いくら年を取っていても輝いていることができるだろう。

       

      年寄りが黒髪であっても、心や精神が年寄りのままでは、人間としての魅力はないと思うのである。


      白髪を染める政治家

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        第4次安倍内閣がスタートした。

         

        新閣僚が決まった模様のニュースで、誰か忘れたが、「朝、起きて若く見られるよう髪を染めて待っていました。」とインタビューで答えていた新大臣がいた。

         

        この発言を聞いて、「おや?」と思った。

         

        若く見られるためにという考え方は、はなはだしい筋違いではないだろうか。

         

        最近の多くの政治家が溌剌と見せるためか、白髪を染めている。

         

        本来の政治家は溌剌と見せるのではなく、溌剌と行動することだと思うのだが。

         

        実力と言うより、イメージ先行の選挙になったこととも関連していると思う。

         

        新大臣になる朝なので、もっとも気持ちが高揚しているはずだ。

         

        髪を染める時間があったら、大臣になった時の抱負や、政策の一つでも考えて欲しいものである。

         

        今回も余り期待が持てそうにない。

         

        「全員野球内閣」ということらしいが、「カープ野球内閣」と言った方がわかりやすい。

         

        失言!

         

        そう表現すると、広島カープに対して失礼にあたりそうだ。


        「ご苦労様」と「お疲れ様」

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          先日、顧客先で、若い女の子が年配の上司に向かって、「ご苦労様です」と言っているのを聞き、とても違和感を覚えた。

           

          それで、思い出したことがある。

           

          サラリーマン時代、ある役員が、自分が外出先から会社に電話した時、電話を受けた女性が「ご苦労様です」と言っているが、目上に向かって怪しからんと、話題にしたことがある。

           

          この話題が発展して、「お疲れ様です」と「ご苦労様です」の相違が議論になった。

           

          その時、目上に対しては、「お疲れ様」、目下に対して「ご苦労様」という結論に達したが、その後、どこに行っても、混同して使われていることに気付いた。

           

          今回、感じた違和感を契機に、「ご苦労様」と「お疲れ様」の違いを調べて見た。

           

          ビジネスマナーでの「ご苦労様」「お疲れ様」の相違

          ご苦労様:目上の人が目下の人に対し、ねぎらいの言葉として使う。
          お疲れ様:目下の人が目上の人、または同僚に対し、ねぎらいの言葉として使う。

           

          これで使い方の違いは明確であるが、実際には一般的な挨拶代わりで使う傾向もあると感じる。

           

          電話をかけたとき、相手から、最初に「お疲れ様です」と言われることがよくある。

           

          私は、この表現にも違和感を感じている。

           

          特に、朝一番で言われると、「まだ疲れてないよ」と言いたくなる。

           

          ワンパターンの挨拶代わりとして使うのではなく、言葉の意味を理解し、使う局面を考える必要があるのではないだろうか。

           

          特に、シグニチャーに「お疲れ様です」と入れているメールにはがっかりする。

           

          そのように考えていて、ふっと疑問に思った表現がある。

           

          目上に向かって、「ご苦労をおかけしました」という表現は正しい表現なのだろうか?

           

          目上の人の手を煩わせたのだから、使っても良いのではないか?

           

          ネットで調べると、この使い方は、NGなのである。

           

          「ご苦労」は、あくまでも上の立場の者が下の立場の者に対して使う言葉だという理由である。

           

          日本語は難しい。

           

          変に敬語を使おうとすると余計難しくなる。

           

          シンプルに、「良くやったね」とか「ありがとうございます」といった表現で十分ではないのだろうか。


          「通常17,800円が、今だけお試し価格で1,980円」が持つ意味

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            あるテレビショッピングのコマーシャルの話題である。

             

            たまたま見ていたテレビで、化粧品のコマーシャルをやっていた。

             

            基本的には高齢者向けで、使うとお肌年齢が若返るといった類いのものである。

             

            化粧品の効果を説明の後、いよいよ価格の場面になる。

             

            曰く、通常1週間分、17,800円する価格のものを今なら特別お試し価格、1,980円ですと。

             

            然し、何か変である。

             

            このコマーシャルに釣られて、1,980円でお試しセットを買った人のその後はどうなるのだろうと考えた。

             

            1週間で本当に効果がある化粧品なのかどうかわからない。

             

            効果がなければ捨て金である。

             

            逆に、万が一、効果があったとしても継続して買うのだろうか。

             

            1週間:¥17,800ということは、1ヶ月4週間で計算しても、月:¥71,200かかる。

             

            年にすると、¥854,4000かかる。

             

            確か基礎化粧品の類いだけだと思うが(使わないので正確にはわからないが、少なくとも口紅などはなかった)、それだけで年間、85万以上使える女性がどれだけいるのだろうか?

             

            そのような女性がいるとは、私には信じられない。

             

            この非現実的な価格を見ると、この化粧品会社のコマーシャルの真の目的は何なのか?


            コマーシャルを打つくらいだから、それなりの売り上げ、利益があるはずである。

             

            異常なダンピング価格に企業の姿勢を疑う。

             

            適正価格がいくらかわからないが、少なくとも私が言えることは、このようなテレビコマーシャルには乗せられないよう、気をつけた方が良いということである。


            友達の友達は友達にあらず

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              論理学で、次のような表現が例として使われる。

               

              1.AとBは友達である
              2.BとCは友達である
              3.故にAとCは友達である

              この命題は、真か偽か?

               

              答えは、もちろん偽である。

               

              即ち、AとB、BとCがそれぞれ友達であっても、AとCは友達とは限らない。

               

              流行のSNSの基本的な考えは、AとCも友達である、もしくは友達になることを前提としていると言って差し支えないであろう。

               

              Facebookで、○○さんと友達ではありませんかと訊いてくるのは、友達関係の拡散を図っていることに他ならない。

               

              然し、ここに大きなリスクが潜んでいる。

               

              軽く考え、迂闊に友達になってしまうリスクは大きい。

               

              SNS関連の事件を見ていると、つくづくそう感じる。

               

              相手が誰かわからないサイバー空間の怖さである。

               

              SNSを使う時は、「友達の友達は友達にあらず」という表現を肝に銘じ、その原則を崩さないよう、最新の注意を払う必要があることを痛感する。


              暗黙のマナーを心得ないパトカー

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                スピード狂の私は、結構荒い運転をしているが、車での仕事を主にしているトラック、バス、タクシー等は、なるべく優先させるよう心がけている。

                 

                車で飯を食っていると思うと、優先させるのが当然だと思っているからである。

                 

                パトカーも時々、住宅近辺をぐるぐる巡回してくれているので、ある意味とても心丈夫で、パトカーが通る時も優先させている。

                 

                先日も、私が車を走らせているメイン道路の右の路地からパトカーが出て来ようとしているのに、通行している車が多く、なかなか出て来られない様子だったので、停まって、パトカーを入れた。

                 

                通常、入れないで困っている車を入れた時、運転者の暗黙のマナーとして、ありがとうの意味を込めてハザードランプを点滅させる。

                 

                ところが、このパトカー、入れてあげたことをさも当然のように、何のアクションも取らず、さっと、走り去った。

                 

                こうしなければならないという決まりがあるわけではなく、お礼を望んでいるわけでもないので、パトカーがありがとうの意を表さなくても、目くじらを立てるようなことではないが、何となく不快な気分であった。

                 

                最近、世の中がぎすぎすしているせいか、煽り運転の事故が多い。

                 

                ちょっとした譲り合いの精神を持つだけで、悲惨な車の事故はかなり減ると思う。

                 

                相手が困っていたら、ちょっと譲ってやる。

                 

                譲られた相手は、何らかの形でありがとうの気持ちを表す。

                 

                そうしたちょっとした心のゆとりがあれば、随分違うのではないだろうか。

                 

                私が不快な気分になったのは、交通安全を謳い、範を垂れるべきパトカーが、横柄な態度であったからであろう。

                 

                このようなケースは極一部のケースだと思うが、交通違反を厳しく取り締まるだけでなく、優しい運転マナーの教育を徹底し、実践て欲しいものである。

                 

                恥ずかしながら、なかなか、免許証のゴールドカードが持てない私に言う資格はないのかも知れないが。


                朝日新聞とNHKの報道内容が不一致

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                  今回の痛ましい豪雨災害は、運良く被害に遭わなくて済んだ私にとってもダメージが大きい。

                   

                  このような災害をみる度、もし自分がその立場に置かれたら、放心状態で何もできないだろうと、当事者の方々の心中を察するに余りあるからである。

                   

                  昨日の朝日新聞とNHKの報道をみていて、どうしても府に落ちぬことがある。

                   

                  豪雨災害で亡くなられた方の人数が異なっていることである。

                   

                  13日の朝日新聞の朝刊によると、12日 午後1時45分時点で死者200人と報道していた。


                  然し、13日午後7時のNHKのニュースによると、死者193人と報道していた。

                   

                  時間的にNHKの報道が後であるにもかかわらず、朝日新聞報道より人数が少ない。

                   

                  これはどういうことなのか?

                   

                  これだけの大惨事なので、情報が輻輳し、死者数は情報の出所によって異なる可能性は大いにあると思う。

                   

                  然し、朝日新聞とNHKの報道がは、多くの日本国民に与える影響は大きい。

                   

                  手元に朝日新聞の電話番号があったので、電話をかけて違いを確認しようとしたが、NHKのことは知らないよという感じの素っ気ない対応であった。

                   

                  想定内の対応ではあったが、もっと人の命の大切さを考え、お互いが勝手に報道するのではなく、せめて亡くなった方の人数くらいは、認識を合わせて報道するくらいの配慮があってしかるべきだと思う。

                   

                  人によってはつまらないという方がいるかも知れないが、私にとって割り切れない不愉快な一日であった。


                  人工甘味料スクラロースについて

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                    私が「スクラロース」の存在を知ったのは、「ヤクルト」がきっかけである。

                     

                    当時、乳酸菌4億個という乳酸菌飲料を飲んでいたが、ある日、ふと異常に甘いが、体に良いのだろうかと疑問に思った。

                     

                    その疑問をヤクルトに問い合わせ、何度かやり取りしているうちに、甘さの原因は「スクラロース」という人工甘味料であることがわかった。

                     

                    やたらと甘い「スクラロース」という人工甘味料は、どのようなものか気になり、ネット検索した。

                     

                    人工甘味料であるがゆえ、当然のことながら、ネットには色々な悪評の記事が載っている。

                     

                    極端な記事はさておき、以下のことは可能性として言えそうだ。

                     

                    スクラロースを、化学式でみると有機塩素化合物に分類されているが、この有機塩素化合物の種類の中には、猛毒の農薬やダイオキシンなどが含まれており、同じ部類という点で不安視されているという要因はある。

                     

                    とは言え、スクラロースは80以上の国で、食品添加物として販売されており、世界から見ても安全性は認知されているといえる。

                     

                    日本では1999年7月30日に食品添加物に指定され、使用基準及び成分規格が定められたと、ウィキにも記述されており、安全性は問題なさそうである。

                     

                    スクラロースと同様、アスパムテームも同じような色々な記事が載っている。

                     

                    アスパムテームについては、読んだら恐くなるような記事もあったが、記事の信頼度は確かではないので、ここでは紹介しない。

                     

                    これら、スクラロースとアスパムテームについて、信頼できそうな情報として、人工甘味料に関する1日許容摂取量(ADI)が載っている記事があった。

                     

                    アステルパームのADI: 40mg/kg/day
                    スクラロースのADIは:15mg/kg/day

                     

                    数値の意味は、人間が1日に摂取出来る量を、1Kgあたりで表した数値である。

                     

                    これによると、体重50Kgの人のスクラロースの1日許容摂取量は、1Kgあたり15mgなので、かけ算して750mgという途方もない大きな数値となり、毎日摂取しても、全く問題ないことになる。

                     

                    何しろ、スクラロースは、砂糖の600倍の甘さがあるようなので。

                     

                    ただ気になる記事として、「人工甘味料で糖尿病リスク増加、ネイチャー誌に論文」がある。

                    URL:http://www.afpbb.com/articles/-/3026232

                     

                    ネットでは、色々な人が無責任に面白おかしく書くので、何が正しいのかわからないが、いずれにしても世界各国で使用の認可を受けていることを思えば、今は、それを信じるしかない。

                     

                    興味を持って改めて調べてみると、ほとんどの飲料に、スクラロースかアスパムテーム、もしくは両方が入っている。

                     

                    私が調べた限りでは、入っていない飲料は、「ポカリスエット」と「グリーンダカラ」の二つであった。

                     

                    たまたま、「ヤクルト」に端を発し、色々調べているうちに、得た人工甘味料に関する知識から、極力安全性を重視し、現在では、「ヤクルト」を「ブルガリアヨーグルト」に変え、通常飲むスポーツ飲料は、「グリーンダカラ」にした。

                     

                    「ポカリスエット」と「グリーンダカラ」には、一種の信念のようなものを感じ、好感が持てる。


                    また、ヤクルトから明治ブルガリアヨーグルトに変えたのは、私なりの理由がある。

                     

                    ヤクルトとブルガリアヨーグルトそれぞれに関する論文を読み、その論文の内容及び質から、ブルガリアヨーグルトの方が納得できたので、左脳人間の私は、ブルガリアヨーグルトを選択した。

                     

                    ヤクルトを否定しているわけではない。

                     

                    また誰に迷惑をかけるわけでもなく、単なる私の自己満足だと捉えて頂ければありがたい。

                     

                    実際には他にも体に良くないとされている食べ物はたくさんあるが、一々気にしていたら、食べるものがなくなるので、たまたま気がついたものがあれば、自分なりの判断をして対応して行こうと考えている。


                    思いがけないテナーサックスの生演奏

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                      今回の初夏の美食会には、22人の団体客が入っていると聞き、食事中周りがうるさくて嫌だなと思いながら、食事にでかけた。

                       

                      ダイニングルームに入ると確かに、団体客を含め、既にたくさんの客が座って食事をしている。

                       

                      着席して食事を始めると、しばらくしてテナーサックスの生演奏が始まった。

                       

                      恐らく団体客が入っているので生演奏を依頼したのだろう。

                       

                      最初は、洋のスタンダード曲を数曲。

                       

                      しばらく休憩を取り、次は和の昭和歌謡曲を数曲。

                       

                      最後に私の好きなテネシーワルツを演奏して終わった。

                       

                      私に取って思いがけないテナーサックス演奏は、懐かしい演奏ばかりで、食事をより一層美味しく頂くことが出来た。

                       

                      やはり、食事は味や器だけでなく、雰囲気も大事である。

                       

                      演奏を終えて、演奏者が、私達のテーブルに来て、「こちらの方ではないと思い、ちょっとご挨拶に来ました」と言って、名刺を頂いた。

                       

                      私達夫婦は二人とも白髪なので、目立つのだろう。

                       

                      感じのよい方だったので、少し話をした。

                       

                      まだ現役で働きながら、趣味でテナーサックスをやられているそうで、後1年の現役期間を終えて、本格的な音楽活動ができますと楽しそうに、言われていた。

                       

                      ジャズの話題になり、最近のジャズはわからない、昔のジャズの方が良いということでも話が弾んだ。

                       

                      新しもの好きで、何でもやって見たくなるミーハーの私は、テナーサックスを吹いてみたいと思い、「今からでも出来ますか?」と訊いたところ、「音が出るくらいならできますよ。良かったらお教えします」という返事。

                       

                      そこで一つのアイディアを思いつく。

                       

                      ホームページを訊くと、まだ作っていないんですという返事だったので、私が下手なりにホームページを作ってあげて、代わりにたまに教えて頂いたり、場所を取って演奏をお願いするというアイディアだ。

                       

                      自分でも、双方にメリットのあるなかなか良いアイディアだと思い、一度、演奏者の方と会って話してみるつもりだ。

                       

                      この歳になって、今まで知らなかった世界との新しい出会いは新鮮そのものである。


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