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怪しいショートメール

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    スマホのショートメールに怪しいメールが立て続けに3通届いた。

     

    一通目
    TカードサポートセンターよりT-DM停止用URLをお送りします。
    http: URLを記述

     

    二通目
    【LABIカード】もれなくヤマダポイント3千円分プレゼント!キャンペーン詳細・配信はこちら
    https: URLを記述

     

    三通目
    確認コード:××××××(6桁の数字)
    上記の番号を画面へ入力して下さい。
    Yahoo! Japan

     

    Fromはいずれも、0032069000。

     

    ショートメールなので、携帯電話番号当てに出している何とも言えない気持ちの悪いメールである。

     

    ネットで調べて見ると、0032069000からの怪しいメールは以前からあるようだ。

     

    私の場合、情報登録で電話番号は固定電話を登録していたが、いつも側にあるスマホの方が便利が良いので、最近は携帯番号を登録するように変えた。

     

    それで携帯番号の露出度が高くなったためか、着始めたショートメールのように思える。

     

    最近、アポ電の話題もよく取り上げられており、油断も隙もない世の中になってしまった。


    SNSもリスキー、電話もリスキー、人や車もリスキー。

     

    何もかもリスキーで、性悪説がまかり通る世の中になるのであろうか。


    飲んだ後のシメのラーメン考

    0

       

      シメのラーメンについてのあるコメンテーターが言っていた話である。

       

      そのコメンテーターは大のラーメン好きで、飲んだ後も必ずシメにラーメンを食べていた。

       

      ところが、シメのラーメンをやめた同じ時期から、ほとんどラーメンを食べなくなったとのことである。

       

      この話を聞いて、私は心の中で思わず頷いた。

       

      かつて私は大のラーメン好きで、ラーメンを求めて色々な店に行った。

       

      もちろん、飲んだ後のシメはラーメン。

       

      ところが、ある時期から、シメのラーメンを食べなくなった。

       

      体に悪いと思って止めたわけではなく、自然に食べなくなった。

       

      同時に、それ以来、ラーメンをほとんど食べなくなった。

       

      コメンテーターと同じパターンなのである。

       

      偶々、コメンテーターと同じだったのか、もっと普遍的なパターンなのかわからないが、不思議な気がした。

       

      そう言えば、どうしてシメのラーメンをやめたのか?
      そのきっかけは何だったのか?
      どうして同じ時期にラーメンを食べなくなったのか?

       

      ネットで調べると、シメのラーメンを食べたくなるのは、ちゃんとした科学的根拠があるようである。


      色々難しいことが書いてあるが、要はアルコールを飲むことで

       

      ・血糖値が低下し、空腹感を感じる
      ・利尿作用により水、塩分が不足する

       

      それを補う条件を満たしているのがラーメンという理屈である。

       

      そう考えると

       

      年を取って余りお酒が飲めなくなった
        ↓
      シメのラーメンを食べたくなる状態に至らなくなった
        ↓
      年を取り、くどい味のものが余り食べられなくなった
        ↓ 
      結果として、ラーメンもほとんど食べなくなった

       

      というあたりが自然の考えのように感じる。

       

      こんなことで年を取ったと思いたくないのであるが、残念ながら事実だと認めざるを得ないのであろう。

       

       


      2019年思い切ってやめたいこと

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        テレビで放映していた「2019年思い切ってやめたいこと」の1位〜8位。

         

         

        1位:無駄使い・衝動買い
        2位:食べ過ぎ・飲み過ぎ
        3位:無理しての人付き合い
        4位:夜更かし
        5位:不規則な生活
        6位:スマホの使いすぎ
        7位:お菓子・甘いもの
        8位:喫煙

         

        これを自分にあてはめて考えてみた。

         

        「3位:無理しての人付き合い」
        変なしがらみがなくなり,無理してつきあうことはなくなった。
        今は、付き合いたい人との自由なつきあいだけ。
        それも仲間同士で、お互い無理しないことを原則とし、苦楽に付きあえるのでとても楽である。

         

        「6位:スマホの使いすぎ」

        職業柄、パソコンを使い慣れている私に取って、スマホは画面が小さく見づらく、かつ使いづらい。
        長時間使うのはしんどいので、必然的に使い過ぎることはない。
        重宝して使っているのは、音声検索とラインくらいである。

         

        「7位:お菓子・甘いもの」
        甘いものは嫌いではないが、多めに食べると口の中が甘くなり、気持ち悪くなるので食べる量は少量ですむ。

         

        「8位:喫煙」
        2001年に禁煙完了。

         

        問題は、1位、2位、4位、5位である。

         

        1位:無駄使い・衝動買い
        これは私に取って、永遠の課題である。
        若いときから「無駄使い・衝動買い」の過ちは犯し続けてきたが、断捨離を行うべき歳になっても、まだ治らない。
        これから克服しなければならない最重要項目である。

         

        2位:食べ過ぎ・飲み過ぎ
        食べることが大きな生きがいの1つとなった現在、抑えようと動機づける根拠がない。
        ネガティブな考え方かも知れないが、男性の平均健康寿命が72歳であることを考えると、無理して抑制する必要はないと思っている。
        どんなに節制しても無条件にガタは来るのだから。

         

        「4位:夜更かし」、「5位:不規則な生活」
        これは、2位に通じるものがある。
        友達と美味しいものを食べに出ると、ついもう一軒行きたくなるのは男として正常と、自分に変な言い訳をしている。
        その結果、その場は楽しいが、翌日は体調がすぐれないがこれは自己責任の範囲なので耐えることが出来る。

         

        こうして書いていると、自分の馬鹿さ加減が見えて来るが、この歳になると変に節制し我慢してまで長く生きようとは思わない。

         

        く長くは性に合わない。

         

        神のみぞ知る男性の健康寿命。

         

        否が応でも、いつどこに体調に異変が生じてもおかしくない年齢だからである。


        外国人労働者が逃げたくなる居酒屋

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          ブログを余り書かないため、またしばらく昨年の東京の話題を書くことをご容赦願う。

           

          広島に帰る前の日は、荷物の帰り支度などがあるため、夕食はホテルの近くで済ませることにした。

           

          高知の郷土料理を出す居酒屋が面白そうで、そこで夕食を取ることにした。

           

          売りのわら焼きの大きな炎が上がる。

           

           

          あん肝

           

           

          どろめ

           

           

          かつをの塩たたき

           

           

          イモ天

           

           

          地魚のじゃこ天

           

           

          きびなごケンピ

           

           

          牛タンの藁焼き

           

           

          アイスクリン

           

           

          居酒屋チェーン店にしては、珍しいメニューが多く、味も良かったが、途中で気分を害し食欲を無くしてしまった。

           

          厨房にいる数人のベトナム人の従業員がおしゃべりひとつせず黙々と働いている。

           

          外国人労働者のことが色々取り沙汰されているなか、すごくよく働くベトナム人だと感心して見ていた。

           

          ところが、奥にいる唯一の日本人男性だけ、椅子に座ってスマホで遊んでいる。

           

          流行っているのか店の中は混んでいる。

           

          忙しく料理を運んでいる女性に、スマホで遊んでいる男性は店長かと訊くと、料理長ですという返事。

           

          居酒屋チェーンなので、味付けした料理の冷凍を各店に配り、店では焼く、煮るくらいのことしかしていないはずなので、通常の飲食店の料理長がするような作業は無いと思う。

           

          恐らく、厨房内の管理者という位置付けだろう。

           

          その管理者が一番さぼっているとは信じがたいことである。

           

          これでは、一生懸命、真面目に働いているベトナム人が可愛そうでたまらない。

           

          まだ食べてみたい料理があったが、この光景を目の当たりにして、食べる気がしなくなり、大好きなアイスクリンを食べ、店を後にした。

           

          支払いをするとき、店長に、「あの料理長を鍛え直さないと、真面目なベトナム人に逃げられてしまうよ」と、つい、余計な一言を言ってしまう。

           

          外国人の雇用を積極的に進めようとしている現在、雇用側も実態を正確に把握し、金銭面だけではなく、環境や体制を整備して対応しないと、まともな外国人の雇用は思うようには進まないだろうと痛切に感じさせられた居酒屋であった。

           

          面白い料理、味も良し、価格もリーズナブル、そんな店だけに残念である。

           

           


          白髪考

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            以前、白髪を染める政治家について、いかがなものかと語ったが、私もかつては白髪が気になり、染めていた。

             

            然し、ある時、大きな疑問が湧いてきた。

             

            世界に目を向けると、黒、金、赤、銀等々、人種や人により、髪の色は千差万別である。

             

            私は、アメリカ人が金髪であろうが、赤毛であろうがその違いを気にすることはない。

             

            むしろ、その人の特徴の一つとして捉えている。

             

            同じように、外国人が日本人の髪の色をいちいち気にして気にしているとは思えない。

             

            世界全体で見れば、髪の色が何色であろうが、「その人」には変わりはない。

             

            日本人だからと言って、何故黒髪にこだわらなければならないのだろうか?

             

            白髪が何故悪いのか?

             

            気にすること自体がおかしく、むしろ染めることが不自然なことではないのだろうか。

             

            そう考え始めると、自分は何故染めているのだろうと思い始め、染めることが馬鹿らしくなった。

             

            それから、染めることを止め、今は真っ白な白髪である。

             

            年を取れば、髪の色が変わる人もいれば、髪の毛が抜ける人もいる。

             

            顔のしわも増え、体型も変わる。

             

            全て、自然なことである。

             

            自然に逆らって、髪だけを染めて、何の意味があるのだろうか。

             

            むしろ、いつまでも好奇心を持ち、行動する若々しい心を持つことのほうがはるかに大事であると思う。

             

            白髪を染める時間があったら、一つでも新しいことにチャレンジすることの方が、はるかに良い。

             

            そうすることで、いくら年を取っていても輝いていることができるだろう。

             

            年寄りが黒髪であっても、心や精神が年寄りのままでは、人間としての魅力はないと思うのである。


            白髪を染める政治家

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              第4次安倍内閣がスタートした。

               

              新閣僚が決まった模様のニュースで、誰か忘れたが、「朝、起きて若く見られるよう髪を染めて待っていました。」とインタビューで答えていた新大臣がいた。

               

              この発言を聞いて、「おや?」と思った。

               

              若く見られるためにという考え方は、はなはだしい筋違いではないだろうか。

               

              最近の多くの政治家が溌剌と見せるためか、白髪を染めている。

               

              本来の政治家は溌剌と見せるのではなく、溌剌と行動することだと思うのだが。

               

              実力と言うより、イメージ先行の選挙になったこととも関連していると思う。

               

              新大臣になる朝なので、もっとも気持ちが高揚しているはずだ。

               

              髪を染める時間があったら、大臣になった時の抱負や、政策の一つでも考えて欲しいものである。

               

              今回も余り期待が持てそうにない。

               

              「全員野球内閣」ということらしいが、「カープ野球内閣」と言った方がわかりやすい。

               

              失言!

               

              そう表現すると、広島カープに対して失礼にあたりそうだ。


              「ご苦労様」と「お疲れ様」

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                先日、顧客先で、若い女の子が年配の上司に向かって、「ご苦労様です」と言っているのを聞き、とても違和感を覚えた。

                 

                それで、思い出したことがある。

                 

                サラリーマン時代、ある役員が、自分が外出先から会社に電話した時、電話を受けた女性が「ご苦労様です」と言っているが、目上に向かって怪しからんと、話題にしたことがある。

                 

                この話題が発展して、「お疲れ様です」と「ご苦労様です」の相違が議論になった。

                 

                その時、目上に対しては、「お疲れ様」、目下に対して「ご苦労様」という結論に達したが、その後、どこに行っても、混同して使われていることに気付いた。

                 

                今回、感じた違和感を契機に、「ご苦労様」と「お疲れ様」の違いを調べて見た。

                 

                ビジネスマナーでの「ご苦労様」「お疲れ様」の相違

                ご苦労様:目上の人が目下の人に対し、ねぎらいの言葉として使う。
                お疲れ様:目下の人が目上の人、または同僚に対し、ねぎらいの言葉として使う。

                 

                これで使い方の違いは明確であるが、実際には一般的な挨拶代わりで使う傾向もあると感じる。

                 

                電話をかけたとき、相手から、最初に「お疲れ様です」と言われることがよくある。

                 

                私は、この表現にも違和感を感じている。

                 

                特に、朝一番で言われると、「まだ疲れてないよ」と言いたくなる。

                 

                ワンパターンの挨拶代わりとして使うのではなく、言葉の意味を理解し、使う局面を考える必要があるのではないだろうか。

                 

                特に、シグニチャーに「お疲れ様です」と入れているメールにはがっかりする。

                 

                そのように考えていて、ふっと疑問に思った表現がある。

                 

                目上に向かって、「ご苦労をおかけしました」という表現は正しい表現なのだろうか?

                 

                目上の人の手を煩わせたのだから、使っても良いのではないか?

                 

                ネットで調べると、この使い方は、NGなのである。

                 

                「ご苦労」は、あくまでも上の立場の者が下の立場の者に対して使う言葉だという理由である。

                 

                日本語は難しい。

                 

                変に敬語を使おうとすると余計難しくなる。

                 

                シンプルに、「良くやったね」とか「ありがとうございます」といった表現で十分ではないのだろうか。


                「通常17,800円が、今だけお試し価格で1,980円」が持つ意味

                0

                   

                  あるテレビショッピングのコマーシャルの話題である。

                   

                  たまたま見ていたテレビで、化粧品のコマーシャルをやっていた。

                   

                  基本的には高齢者向けで、使うとお肌年齢が若返るといった類いのものである。

                   

                  化粧品の効果を説明の後、いよいよ価格の場面になる。

                   

                  曰く、通常1週間分、17,800円する価格のものを今なら特別お試し価格、1,980円ですと。

                   

                  然し、何か変である。

                   

                  このコマーシャルに釣られて、1,980円でお試しセットを買った人のその後はどうなるのだろうと考えた。

                   

                  1週間で本当に効果がある化粧品なのかどうかわからない。

                   

                  効果がなければ捨て金である。

                   

                  逆に、万が一、効果があったとしても継続して買うのだろうか。

                   

                  1週間:¥17,800ということは、1ヶ月4週間で計算しても、月:¥71,200かかる。

                   

                  年にすると、¥854,4000かかる。

                   

                  確か基礎化粧品の類いだけだと思うが(使わないので正確にはわからないが、少なくとも口紅などはなかった)、それだけで年間、85万以上使える女性がどれだけいるのだろうか?

                   

                  そのような女性がいるとは、私には信じられない。

                   

                  この非現実的な価格を見ると、この化粧品会社のコマーシャルの真の目的は何なのか?


                  コマーシャルを打つくらいだから、それなりの売り上げ、利益があるはずである。

                   

                  異常なダンピング価格に企業の姿勢を疑う。

                   

                  適正価格がいくらかわからないが、少なくとも私が言えることは、このようなテレビコマーシャルには乗せられないよう、気をつけた方が良いということである。


                  友達の友達は友達にあらず

                  0

                     

                    論理学で、次のような表現が例として使われる。

                     

                    1.AとBは友達である
                    2.BとCは友達である
                    3.故にAとCは友達である

                    この命題は、真か偽か?

                     

                    答えは、もちろん偽である。

                     

                    即ち、AとB、BとCがそれぞれ友達であっても、AとCは友達とは限らない。

                     

                    流行のSNSの基本的な考えは、AとCも友達である、もしくは友達になることを前提としていると言って差し支えないであろう。

                     

                    Facebookで、○○さんと友達ではありませんかと訊いてくるのは、友達関係の拡散を図っていることに他ならない。

                     

                    然し、ここに大きなリスクが潜んでいる。

                     

                    軽く考え、迂闊に友達になってしまうリスクは大きい。

                     

                    SNS関連の事件を見ていると、つくづくそう感じる。

                     

                    相手が誰かわからないサイバー空間の怖さである。

                     

                    SNSを使う時は、「友達の友達は友達にあらず」という表現を肝に銘じ、その原則を崩さないよう、最新の注意を払う必要があることを痛感する。


                    暗黙のマナーを心得ないパトカー

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                      スピード狂の私は、結構荒い運転をしているが、車での仕事を主にしているトラック、バス、タクシー等は、なるべく優先させるよう心がけている。

                       

                      車で飯を食っていると思うと、優先させるのが当然だと思っているからである。

                       

                      パトカーも時々、住宅近辺をぐるぐる巡回してくれているので、ある意味とても心丈夫で、パトカーが通る時も優先させている。

                       

                      先日も、私が車を走らせているメイン道路の右の路地からパトカーが出て来ようとしているのに、通行している車が多く、なかなか出て来られない様子だったので、停まって、パトカーを入れた。

                       

                      通常、入れないで困っている車を入れた時、運転者の暗黙のマナーとして、ありがとうの意味を込めてハザードランプを点滅させる。

                       

                      ところが、このパトカー、入れてあげたことをさも当然のように、何のアクションも取らず、さっと、走り去った。

                       

                      こうしなければならないという決まりがあるわけではなく、お礼を望んでいるわけでもないので、パトカーがありがとうの意を表さなくても、目くじらを立てるようなことではないが、何となく不快な気分であった。

                       

                      最近、世の中がぎすぎすしているせいか、煽り運転の事故が多い。

                       

                      ちょっとした譲り合いの精神を持つだけで、悲惨な車の事故はかなり減ると思う。

                       

                      相手が困っていたら、ちょっと譲ってやる。

                       

                      譲られた相手は、何らかの形でありがとうの気持ちを表す。

                       

                      そうしたちょっとした心のゆとりがあれば、随分違うのではないだろうか。

                       

                      私が不快な気分になったのは、交通安全を謳い、範を垂れるべきパトカーが、横柄な態度であったからであろう。

                       

                      このようなケースは極一部のケースだと思うが、交通違反を厳しく取り締まるだけでなく、優しい運転マナーの教育を徹底し、実践て欲しいものである。

                       

                      恥ずかしながら、なかなか、免許証のゴールドカードが持てない私に言う資格はないのかも知れないが。


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