首里城の思い出

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    首里城が全焼したとニュースで知った。

     

    私に取って首里城は印象深い場所である。

     

    一般的に沖縄は米軍基地として、またリゾート地として名前が通っている。

     

    そして多くの観光客が訪れる。

     

    私の何度か沖縄に行ったが、基本的にはリゾート目的である。

     

    首里城も観光目的で一度だけ訪れたことがある。

     

    然し、首里城の中に入って、沖縄の独自な歴史、文化を知った。

     

    日本国であるが、日本の文化とは違う。

     

    むしろ中国に近いと感じたが、それも違う。

     

    琉球王国として、独自の文化が立派に存在している。

     

    初めて沖縄の歴史と文化を意識してみた私は、同じ日本人でありながら、沖縄についてほとんど知らなかった自分を恥じた。

     

    日本と中国の間に有って、両国からの文化を吸収し、独自の文化を築いていったのであろう。

     

    琉球王国の歴史を肌で感じ、私は首里城に来て良かったと思ったものである。

     

    すぐその気になる単純な私は、紅型の魅力にとりつかれ、即、紅型工房を探し、染めをオーダーした。

     

    首里城が全焼したことに私なりにショックを感じる。

     

    首里城に行ったときの写真を久しぶりに見た。

     

    首里城を偲び、当時撮った数枚の写真である。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     


    夕焼け あっという間の変化

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      夕刻、外が真っ赤に染まっている。

       

      出てみるときれいな夕焼け。

       

       

      最近、自然に気付くことが多い。

       

      先日は孫と外に出ていたら、半月を見ながら、きれいなお月さまとだねと話をした。

       

      偶然同じ日、飲み仲間の同じ会社OBが半月の写真を撮ってラインに送って来た。

       

      曰く、月を愛でながら、酒を飲む優雅な生活をするとは考えてもみなかった。

       

      同感である。

       

      仕事中心、周りを見る余裕も無く、よく働いたものだと今頃になって感心する。

       

      今はゆとりのある穏やかな生活を送っているのは、そのご褒美だろうか。

       

      そんな他愛もないことを考えている束の間に、きれいだった夕焼けがあっという間に、普通の夕焼けに変わってしまった。

       

       

      美しい時は短い。

       

      これも自然がなせる業なのだろう。


      友達とカープの新しい監督とコーチを考えたが...

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        高校時代の友達とカープ残念会をした。

         

        話題になったのは、来季の監督とコーチ。

         

        球団は、カープOBから選出すると表明したが、我々の意見ではこれを機会に外部から招聘するのが良いと意見が一致した。

         

        今年のカープの試合を見ると、マンネリ化して、陰りが見えている。

         

        監督が辞めたことを契機に新風を吹き込むべきだろう。

         

        泥沼に陥る前にで変革を行うべきである。

         

        内部昇格であると、従来の延長線上でしか、捉えることが出来ないので、代わり映えしないであろう。

         

        停滞した企業が社外から経営者を引っ張って来るように、監督は外部招聘すべきだという論理である。

         

        それではどういう布陣が良いか、勝手に考えた。

         

        その結果

        監督:古田
        バッティングコーチ:石井
        ピッチングコーチ:黒田
        守備走塁コーチ:河田

        という結論に達した。

         

        然し、今日のニュースで佐々岡が監督になりそうである。

         

        我々の伯仲した議論の結果も一夜の夢に終わりそうである。

         

        それにしても、緒方は賢い選択をした。

         

        恐らく、来期以降が見えていたのであろう。

         

        今なら、キャリアに傷がつくことなく、然も惜しまれて辞めることが出来る。

         

        監督もさることながら、凝り固まった考えしか持てない首脳陣を変えて欲しい。

         

        野球をろくに知らない素人評論家の戯言でした。


        孫が入園予定の幼稚園見学

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          来春より、いよいよ孫が幼稚園に通い始める。

           

          息子の嫁から、どこの幼稚園が良いか訊かれたので、息子を行かせた幼稚園を薦めた。


          当時の幼稚園に通っている子供達は性格の良い子供達ばかりで、同じ価値観の親が集まっているせいか、親同士も仲が良く、今でも妻は何人かの方とのお付き合いが続いている。

           

          現在は入園する前の幼稚園体験制度を取っているようで、週に一回、一時間程度、幼稚園の園庭で、先輩幼稚園生と交流する場を設けている。

           

          そうすれば、幼稚園の雰囲気がよくわかり、気に入ったら優先的に入園させるという仕組みである。

           

          もちろんそれだけの対価は必要である。

           

          面接試験があるが、35名の定員がオーバーしていなければ、余程の理由が無い限り、入園可となるのだろう。

           

          その体験期間も終わり、一般応募前の入園手続きの時期になり、入園させるかどうかの判断をする時期が来た。

           

          私達には、薦めた責任があるので、30年以上経った今でも、昔と同じ感じを保てているか、確認する必要があると思い、体験日に幼稚園を見学した。

           

          副園長と会い、幼稚園の教育方針やその方針をどのような形で具体的にブレークダウンしているか確認し、これなら大丈夫と安心した。

           

          子供に無理矢理親の考えを押しつけるのではなく、自由に行動させ、良いことだけでなく、痛みも感じさせる。

           

          もちろん、自由度の限度は設定されている。

           

          幼少期に親が子供を守りすぎると、大きくなって、やって良いことと悪いこと、どこまでが安全かといった判断が子供達に出来なくなるという意見には全くその通りと感じた。

           

          日頃、最近の若者の犯罪に、この辺りの判断がついていない犯罪が多いように感じているからである。

           

          この時期に五感をきたえてやることが大事で、勉強は後からでもできるという意見も納得でき、これなら任せても大丈夫と感じた。

           

          そうした理念に基づいた子供を自由に遊ばせる環境が整っている点も納得が行く。

           

          普通の幼稚園に比べ、かなり広い敷地に自然の環境が備わり、行った時もトンボが飛びかい、蝉が鳴いていた。

           

          最近のほとんどの幼稚園は敷地が狭く、園児の遊ぶ場所が確保できていない。

           

          その典型的な例として、車が横断歩道で待っている園児の中に突っ込んだり、幼稚園の砂場に車が突っ込むといった悲劇が起きている。

           

          この幼稚園は、そのような危険がなく、子供が伸び伸びと遊ぶことが出来る。

           

          個人情報保護の関係で、極力写真撮影はお断りしますと張り紙がしてあったので、たまたま孫と母親が二人でいるところの写真を撮ることが出来た。

           

           

          写真の手前の広場には芝生が植えてあり、裸足で遊ぶことも出来る。

           

          網でトンボを追いかけている子供、砂場で遊んでいる子供、各種遊具で遊んでいる子供、親も加わり、それぞれが先輩の年少さんと一緒に遊んでいる光景は微笑ましい。

           

          息子達に薦めて良かったと一安心。

           

          思い出せば、東京から広島に希望通り転勤になったのが、10月過ぎていた。

           

          次の年から子供を幼稚園に入れなければならないので、地元の長老に訊き、一押しの幼稚園を教えて頂く。

           

          早速問い合わせたが、既に入園は締め切ったと言われたが、妻が話だけでもしたいと幼稚園に赴き、当時の園長さんと話をした。

           

          そこでお互い、子供教育に対する考えがあったのか、「お宅のよな教育熱心なご家庭なら、是非入園して頂きたい。」と特例処置を取って頂き、入園したという曰く付きの幼稚園である。

           

          当時の園長は既に亡くなられていたが、今回、孫が入園するのも何かのご縁だろう。

           

          子供が小さい内は親が環境を考えて与えてやらないと行けないと思う。

           

          孫の教育には極力口を挟まないようにしているが、ポイントだけは教えておいてやりたい。


          着々と進む息子の家の工事

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            解体工事で植木がなくなってしまい、整然と整地された庭に、土質改良工事?(地下の奥深くセメントを入れて土と混ぜたような感じ)を施した後、基礎工事を終えたのが少し前。

             

            今週から、部材(と言うべきか)を運んで来て、組み立てを始めるとあっという間に家の輪郭が出来た。

             

             

            積水ハウスの軽量鉄骨の家の建て方はとてもシステマティックで、部品化が進んでいることには感心する。


            山口の工場で、ほとんどの部材を加工して来るので、高級なレゴを組み立てるようなものだ。

             

            コンクリート壁には窓枠がはめられ、窓ガラスも入っている。

             

            見ていて感心する。

             

            心配していた雨もほとんど降らず、進捗は順調なようである。

             

            つい昔の癖で、もらった工程表に実績値を入れ、進捗管理をしている自分に気付き、思わず苦笑する。

             

            それにしても最近の家には窓が少ない。

             

            こんなに少なくて良いのかと思うが、どうせ窓をつけても周りから見られないよう、カーテンを閉めるだけなので、多くの窓は不要なのだそうだ。


            灯りはダウンライトから取るのだろうか。

             

            それもソーラーパネルを設置しているので、電気料金は最小限に押さえられるという理屈だ。

             

            最近のソーラーパネルも性能が良くなり、初期コストは十分回収出来るとのこと。

             

            窓を開けて換気しなくても、換気システムが作動しているので必要ないそうである。

             

            専門外なので、よくわからないが、家に作りに対する概念が随分変わって来ているように思う。

             

            息子の家なので、一切口を挟んでいないが、昔ながらの考えで大丈夫なのかと思う点はあるが、マンションのことを思えば、何となく納得する。

             

            マンション風の一戸建てと考えれば良さそうだ。

             

            積水ハウスが自慢するだけあって、随分、頑丈そうな家なので、いざ有事という時は息子の家に駆け込もう。

             

            これで我が家の避難先は決まりである。


            ショック! 大成軒の経営者が変わった

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              妻を定期検診に連れて行った孵り、久しぶりに大成軒に行った。

               

              この店のお気に入りの酢豚定食を注文。

               

              然し、いつもの大将がおらず、従業員も変わっている。

               

              注文した酢豚定食が来る。

               

               

              内容が今までと違っている。

               

              ワンプレートに酢豚、ご飯、サラダを盛っていたものが、それぞれお皿に盛られている。

               

              それに加え、鶏の唐揚げ、デザートの杏仁豆腐が付いている。

               

              酢豚そのものはなかなか美味しいと思ったが、何か物足りなさを感じた。

               

              明らかに経営者が変わっている。

               

              厨房の中の料理人は日本語が話せないようで、客相手をしている女性が通訳も兼ねているようである。

               

              大成軒が気に入っていた理由は味もさることながら、大将の暖かい人柄にある。

               

              妻が入院中、知った店である。

               

              入院中は、毎日、病院に通い、病室で一緒に夕食を取っていた。

               

              沈んでいる妻の気持ちを少しでも明るくさせてやりたいと思ったからである。

               

              最初はそごう、福屋、三越のデパ地下で弁当を買っていたが、自分の好みは限られているので、買うものは何種類かに固定されてしまう。

               

              少し変化をつけたいと思い、病院の近くを探し、見つけたのが大成軒である。

               

              この店では作った料理をテークアウトできた。

               

              最初に食べた酢豚弁当は、デパ地下の冷たい弁当に比べ、作りたての暖かい酢豚、ご飯は、とても美味しく感じた。

               

              妻は病を患って以来、随分辛い思いをしている。

               

              同時に側にいながら、何もしてやれない私も辛い思いをしている。

               

              一緒に食事をしていても、時には沈んでいる妻を見ると、私もいたたまれなくなる。

               

              そういう日々の中で、大成軒の大将の暖かい気持ち・言葉に随分救われた。

               

              退院して、病状も改善し、定期検診の帰りに妻を大成軒に連れて行った。

               

              しばらく行かなかったので、心配してくれており、「ずっと病院に来なくてもよいくらい、病状が回復し、病院に行く回数が減ったので、ここに来る機会がなかった。」と言うと、「良かったですね。しばらく来られないので心配していたんですよ。何と言っても来なくてすむことが一番、いつまでもこの店に来るようではいけません。」と言ってくれた。

               

              それまで特に酢豚が好きなわけではなかったが、大成軒の酢豚を食べて以来、好きになったのは、大成軒の大将の暖かさが酢豚好きにしたのだと、しみじみ感じた。

               

              料理は、単なる食材、味付けや盛り付けだけではない。

               

              もっとも大事なのは作る人のハートだ。

               

              今でも病院に行くと、当時のことを思い出し、憂鬱な気分になる。

               

              やむを得ないことであるが、そうした時、気分を明るくさせてくれる大将がいなくなり、ショック。

               

              何か大事なものを失った気分である。

               


              友、ベトナムより来たる

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                私には同じ会社のOBで、ずっと付き合いを続けている飲み友達が5人いる。

                 

                現役時代、同じ部門の人間は一人もいなかったが、何故か気のあった5人である。

                 

                それぞれ個性が強い変わり者の集まりである。

                 

                5人の内、4人は定年前に退職し、一人は転職、私を含め二人は企業、もう一人はベトナム女性と結婚し、ベトナムへ移住。

                 

                会社を一人抜け、二人抜けしていったが、もう20年以上経つが、つきあいだけはずっと続けている。

                 

                現在、3人は広島、残りの二人はベトナム、浜松と異なった場所に住んでいるので、ラインで情報交換している。

                 

                今回、ベトナム在住の友が日本に帰国することになり、広島で会うことで意見がまとまった。

                 

                丸一日は時間があると言うので、どこに行くか、何を食べに行くかで、ライン上で活発な意見交換。

                 

                まとまった案は


                ・宮島に行き
                ・ふじたやであなごめしの昼食
                ・いわむらもみじ屋でもみじ饅頭を食べ
                ・平松茶屋でお茶し
                ・広島駅に戻り
                ・変貌した駅ビルを回り、蔦屋家電で時間を潰し
                ・その後、マツダスタジアムツアーに参加
                ・コストコで時間を潰し
                ・江の川で夕食
                ・その後、カープが勝っていれば、スポーツバーへ


                というスケジュールで一日を過ごすことにした。

                 

                ふじたやの評判は聞いていても行ったことがなく、期待に胸を膨らませて行く。

                 

                噂に違わず美味しい。

                 

                いわむらもみじ屋は、残念ながらお休みの日でもみじ饅頭買えず。

                 

                平松茶屋に行く。

                 

                平松茶屋は久しぶりに行ったが、たどり着くまで、こんなにきついとは。

                 

                年取ったせいであろう。

                 

                ここから眺める景色はいつ見ても美しく、大好きである。

                 

                カープファンであるが、マツダスタジアムに一度も行ったことがない私に取って、スタジアム内ツアーはとても楽しいツアーであった。

                 

                然し、全く日陰の無い球場にはいささか疲れた。

                 

                江の川は、予約時、魚オンリーで食事内容を頼んでおいた。

                 

                小鉢、刺身、握り寿司が固定で後はお任せというコースであるが、私のわがままを聞き入れてもらい、朝獲れのメバルの煮付け、小いわしの刺身、鮎の甘露煮と美味しい魚づくしで、日頃食べることが出来ないベトナムの友人がとても喜んでくれた。

                 

                夕食後、スポーツバーに行き、カープ観戦予定であったが、当日は敗色濃厚で、しかも一日中歩き回ったおじさん連中は疲れ果て、解散することにした。

                当日、浜松在住の友人は都合つかず不参加であったが、ふじたやのあなご飯を食べられないことを残念がり、あなごの代わりに浜松の著名なうなぎ屋に行き、うなぎを食べながらライン参加した。

                 

                お互い、食べた料理の写真と味の感想を送りあったが、これもまた楽しであった。

                 

                次回は、みんなでベトナムに押しかけようということで、今回の楽しい会はお開きとなった。

                 

                メンバ全員、自由人なので、世界のどこにでも集まれるところがまた楽しい。


                今年も届いた悲しいメール「○○さんに誕生日のメッセージを送信しよう!」

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                  私は自分の個人情報をなるべく露出させたくないので、Facebook以外のSNSには手を出していない。

                   

                  Facebookは、当時同じ勤務先の後輩の勧めでエントリーした。

                   

                  動機は職業上、SNSの可能性を実験したかったからである。

                   

                  プロフィールはまともに登録したが、登録した友人は後輩の彼のみでスタート。

                   

                  彼と実験開始後、しばらくして彼の病気が悪化し、Facebookでの更新が途絶えた。

                   

                  彼はガンを患っていた。

                   

                  メールでガンが転移し、病状が悪化していることを知った。

                   

                  かなり悲惨な闘病生活であった。

                   

                  私はそれ以降、病状を聞くことが辛くなり、私の方から積極的にアクセスすることを止めた。

                   

                  それから約一年後、Facebookからの誕生祝いメッセージ送信のメールが届き、思い切ってFacebookにログインし、彼にアクセスした。

                   

                  その時、既に彼が、一年前に亡くなっていたことを知り、恐れていたことが現実となり愕然とした。

                   

                  彼の息子さんから、父が亡くなり、無事一周忌法要を終えたこと、生前お世話になったお礼が書きこまれていたからである。

                   

                  広島と東京と離れていたので、病状を聞く度、励ますことしか出来なかったが、闘病生活をしながらも、きちんと仕事をこなし、いつも明るく振る舞っていた彼の生き方には改めて尊敬の念を抱いた。

                   

                  本当に良い人間だった。

                   

                  最初は仕事を通じての付き合いであったが、生きていれば、友として今も親しく付き合っているであろう。

                   

                  息子さんもアカウントを消すことが辛いのだろうか、まだアカウントが残っており、毎年、Facebookから無機的な誕生祝いのメールが届く。

                   

                  最初は、何と酷なメールだろうと思っていたが、毎年、メールが届くことで彼を思い出す。

                   

                  年数が経つと忘れがちな彼のことを年一回、思い出すきっかけを与えてくれるのも悪いことではないと思えるようになった。

                   

                  一切、Facebookは使っていない私であるが、アカウントを残しているのは、彼のことを思い出すことが出来るからである。

                   


                  新しい生活を始めた3匹のカメ

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                    私がカメを可愛がっていることを知っている息子が何とか私のためにカメを残そうと考えてくれ、裏庭にトロ船をおくというアイディアを出してくれた。

                     

                    これなら、大きいカメを除いた3匹のカメは飼えそうである。

                     

                    息子が探してくれた直径98cm、高さ60cm、容量320lの大きさのトロ船を早速、購入した。

                     

                    水中ポンプを購入し、水中ポンプで水を吸い上げで排水溝に流す。

                     

                     

                    そうして水替えを行う。

                     

                    このトロ船より大きい、直径150cmのサイズのトロ船もあったが、置くことは出来ても重すぎて何かしようとした時、もてあまして、手の施しようがなさそうだったので、98cmサイズにした。

                     

                    残したカメは、ドロシー、ジャシー、ナナシーの3匹である。

                     

                    トロ船の設置、トロ船の中の甲羅干し台の設置、全て息子が行ってくれた。

                     

                    移した当初、3匹とも環境に慣れず、落ち着かない様子であったが、順応性が高いのか、しばらく経つと、甲羅干し台で甲羅を干すようになった。

                     

                     

                    餌も食べ始め、これから3匹のカメの新しい生活が始まる。

                     

                    裏庭はほとんど行かなかった私も、頻繁に裏庭に行くようになり、私の生活スタイルも変わって来た。


                    さよなら ヌッシー&ハギー

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                      庭の解体工事に伴い、池を潰さなければならなくなった。

                       

                      池がなくなることで、もっとも辛いのはカメを手放なさなければならないことである。

                       

                      今年も、5匹のカメ全員が冬眠から無事返った。

                       

                      庭にもすっかり慣れた様子で、それぞれが気ままに甲羅干し台に上がったり、庭を散策したりと気ままに過ごしている。

                       

                      そうしたカメ一匹一匹に愛着がある。

                       

                      最初、5匹全部を手放さざるを得ないと諦めていたが、息子が私の気持ちを察してカメを残す手段を一生懸命考えてくれた。

                       

                      その結果、小さなカメ3匹を残し、大きい2匹を手放すことにした。

                       

                      カメ2匹を手放すに当たっては、友達がカメを引き取ってくれることで、早く決断がついた。

                       

                      動物好きの彼は、以前にも庭でカメを飼っていたこともあり、二つ返事で引き受けてくれたのである。

                       

                      彼なら、可愛がってくれる。

                       

                      大きいカメと言えば、ヌッシーとハギーである。

                       

                      そうして、いよいよカメとお別れの日となった。

                       

                      車で運んだが、どことなく寂しそうに見える。

                       

                       

                      ヌッシーは池でカメを飼い始めた最初のカメで、毎年、庭に上がってお産をする。

                       

                      ハギーは昨年、萩から苦労して連れて帰ったカメである。

                       

                      2匹とも、思い入れがないと言えば嘘になる。

                       

                      然し、池を潰さなければならないという事実に変わりはない。

                       

                      幸い、友達の家に行けば、いつでもお目にかかることが出来る。

                       

                      何歳になっても、飼っている動物とわかれるのは辛いものである。


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