千葉の豪雨災害と安倍内閣組閣人事に思うこと

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    千葉豪雨災害による停電は、一週間以上経った今もまだ全面復旧に至っていない。

     

    ニュースから得る情報から私なりに感じたことを記述する。

     

    9/8〜9/9にかけての台風15号による千葉の豪雨災害は悲惨な状況を招いている。

     

    ニュースでは、悲惨な状況を入れ替わり立ち替わり伝えていたが、その間、行政の動きが見えなかった。

     

    最近の政府は、多少はリスクマネジメントが出来るようになり、以前と比べ初動も早くなって来たが、今回は動きが遅いと感じた。

     

    そう感じている頃、9/11に安倍内閣改造人事が発表された。

     

    選ばれた各大臣の嬉しそうな顔やインタビューに答えるニュースが飛び交う。

     

    私はこの光景を奇異に感じ、千葉の災害対応の遅れがわかったような気がした。

     

    私の偏見かも知れないが、政府は災害対策より改造人事の方が優先事項だったのではないだろうか。

     

    かつて小渕第2次改造内閣組閣時、ちょうど組閣当日に東海村原子力事故が起きた。

     

    小渕総理は、組閣時期を4日ずらせ、事故対策本部を立ち上げて事故対応した。

     

    当時も対応が遅いとか色々批判されたが、少なくとも組閣より事故対応を優先させた判断は、現在の安倍内閣よりはるかに適切な判断をしたと思う。

     

    事故対応を優先しなければならないところ、改造人事を優先した政治センスを疑う。

     

    マスコミはよってたかって東電を非難するが、初動対応が遅れた行政に問題はなかったのか?

     

    停電復旧判断ミスをした東電に問題があることは確かであるが、初動が遅れた行政が東電だけを責める資格があるのだろうか。

     

    3.11事故以来、東電は嫌いであるが、東電だけを責めるのはおかしい。

     

    名前は忘れたが、新任大臣がマスコミの質問に対し、一生懸命カンペーを探しても回答が見つからず、「まだ前任者との引き継ぎが終わっていないので、お答えできません」といった趣旨の回答をしていた。

     

    恐らく答弁に詰まったら、最後の手段として、引き継ぎできていないと言えと教わって来たのだろう。

     

    新任大臣の答弁を疑ったが,全く同じことが言えて一刻も争う災害対策を講じなければならない大事な時期に、改造人事を行う事で、復興庁をはじめとした関連行政が機能せず、対応が遅れたことは間違いないと思う。

     

    大げさに言えば、安倍内閣は被害に遭われた国民より、自分の政治的なエゴを優先させたと感じた。

     

    私は基本的にはニュートラルな考えを持っていると思うが、今回の安倍内閣の対応には怒りを感じる。

     

    最近、災害対策と称してのこのこ出て来ているが、私には白けた思いでみている。

     

    断片的な情報しか入手出来ないので、必ずしも現状を正しく表現しているかは、わからないが、私が受けた正直な感想である。


    エグゼクティブです!

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      先週、コストコに行き、レジでコストコカードを出すと、レジの女性店員が大きな声で、「エグゼクティブです」と言った。

       

      そうすると男性従業員がかけつけて来て、私のカードを持ってカウンターの方に行った。

       

      私は何事なのかと、しばらく様子をみていると、男性従業員が戻って来て、スマホ画面を見せ、「エグゼクティブ会員の募集を始めました。これには大きな特典があり、○○様の場合、昨年の買い物額だと、××円分、グローバルカード以外のポイントがつきます。」と言って来た。

       

      詳細を聞くと、エグゼクティブ会員になると、グローバルカードの1.5%に加え、更に2%、計3.5%のポイントがつくのだそうだ。

       

      まだ懲りずにコストコに通っているし、とりあえず試しに入ってみても面白いと思い、エグゼクティブ会員になることにした。

       

      私がさすがコストコと思ったのは、会員勧誘のコストコの会員勧誘プロセスである。

       

      推測するにレジでカードを出すと、その場で使用頻度の高い会員を見つけるトラップがシステムに組み込まれており、対象者がいるとレジの店員が担当者を呼ぶ仕組みになっているのだろう。

       

      知らせを受けた担当者は、早速スマホで会員情報を検索し、使用状況を確認して勧誘に来るというシステムである。

       

      結構露骨である。

       

      コストコでは、同じカードであれば、最初にさかのぼって、購入履歴を全て残しているお陰で、随分前に購入した商品でも返品できるというメリットがある。

       

      然し、そのメリットの裏腹に、全情報を握られていることであり、その情報をどう使われるかわからない恐さが潜んでいるが、何かをすれば、すかさずその情報は捕まれるという時代なので、神経質になっても余り意味が無いだろう。

       

      コストコの会員数は全世界レベルで相当数いるので、膨大な情報を持っているはずである。

       

      そのうちビッグデータを活用したアプローチが色々と始まることであろうが、逆に言えば、エグゼクティブ会員限定の新しい特典がつくことも大いに期待出来る。

       

      新しもの好きの私は、簡単にコストコが仕掛けたトラップにまんまと引っかかったとわけであるが、嫌になったら、止めれば良いだけのことである。


      道の駅上関海峡 ハモ天丼

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        久しぶりに道の駅上関海峡に行った。

         

        春以来である。

         

        昼食は煮魚定食を食べようと思っていたが、「ただいま、販売停止中」。

         

        そこで季節限定と書いてあったハモ天丼を注文。

         

         

        後一ヶ月もすると、鱧入り松茸の土瓶蒸しが料理屋のメニューに出て来るであろう。

         

        いわゆる「名残の鱧と走りの松茸」。

         

        そんなことを思いながら、食べたハモ天丼であった。


        初めてKindle本購入

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          断捨離作業を通して感じたことの一つが、買った本の処理に困ったことである。

           

          本一冊はサイズが小さいので、買う時は簡単に買う。

           

          然し、古い人間にとって、読んだ本を捨てるということに抵抗があり、いつのまにか多くの本がたまる。

           

          断捨離で思い切って整理したが、紙で出来ている本は束ねるととても重い。

           

          大小様々の不揃いな形の本を段ボールに詰めるのは結構面倒な作業で、しかも運び出す時はとても重い。

           

          そろそろ電子本に切り替えなければと考えていた。

           

          Kindle本に変えようと考えたこともあったが、専用のKindle端末が必要で二の足の踏んでいた。

           

          然し、この私の情報は古く、いつからそうなったかわからないが、現在は無料アプリがサポートされていることに先日気付いた。

           

          Amazonのサイトを見ていた時、primeで無料のKindle本があることがわかった。

           

          私に取って、無料という言葉は非常に魅力的だ。

           

          どのような本が無料なのか調べて行くうち、無料アプリがサポートされていることに気付いた。

           

          とりあえず、大きな字で読めるPCに無料アプリをダウンロードし、使い勝手等、実用に耐えうるか評価するため、無料のKindle本を一冊ダウンロードした。

           

          まだ十分評価していないが、きめ細かな機能のサポートはなさそうであるが、普通に本を読むには十分である。

           

          早速、読みたい本を一冊買い、読み始めたが、今のところ、何の不便さも感じていない。

           

          Kindle端末という中途半端な端末が嫌で、目が向かなかったKindle本であったが、無料という表現に釣られたものの、結果はOK。

           

          これで今後、本がたまる心配はなくなった。


          ボーカルレッスンによる若返り効果

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            ボーカルレッスンに通い始めて、早八ヶ月経つ。

             

            友人が私のレッスンの効果を試そうというので、流川に繰り出した。

             

            習い始めたきっかけがあるピアノ生ピアノカラオケバーで、帰りにくれた自分が歌った歌を録音したCDを聞き、その下手さに愕然としたことである。

             

            そのピアノ生カラオケバーで成果を見ようということである。

             

            友人と夕食を済ませた後、ピアノバーに行く前に、一軒カラオケバーに行こうと誘われる。


            ピアノバーは腕に自信のある客が集まるバーなので、行く前にいつもカラオケバーで練習して行っているようだ。

             

            カラオケ好きの彼らしい行動だと思って、付き合うことにした。

             

            早い時間から行ったので、客は誰もいなく、貸し切り状態であった。

             

            ボーカルレッスンの成果を見せると言った手前、とりあえず歌って、採点結果を見る。

             

            歌が下手な私は、カラオケは苦手であるが、友人の手前、密かにカラオケハウスに事前練習に行っていた。

             

            その時の採点結果が、70点。

             

            然し、カラオケバーでの得点は、84点であった。

             

            カラオケの採点結果が必ずしも歌のうまさを反映しているとは限らないが、70→84は少しはレッスンの効果が出たと考えても良いのだろうと思った。

             

            そこで音大出のママが色々とアドバイスをくれる。

             

            歌が一本調子なので、抑揚をつけると良い。

             

            抑揚をつけるということは歌の意味を咀嚼し、愛の歌であれば、自分が若かった時の同じような経験を思い出し、その情景を頭に浮かべながら、その時の甘い気持ちを表現するように歌うと良い。

             

            歌というものは、上手く歌おうとするのではなく、下手でも良いから、思いを表現すると、きっと楽しいはず。

             

            歌を歌って、人生を楽しめばいいじゃない。

             

            なるほど!

             

            同じ愛の歌を歌うのでも、上手に歌おうとするのではなく、若い頃は、こんな時代があったなとその時の甘酸っぱい気持ちに浸って歌うことで、若かりし頃によみがえり、気持ちが若返る。

             

            これこそ、まさに年を取らない一つの手段であり、人生を楽しむ手段である。

             

            さすがにそこまで考えていなかったが、カラオケバーのママの言葉は私の心にずしっと響いた。

             

            結局、実技指導までしてくれ、かなり良くなったとお褒めの言葉を頂き、ピアノカラオケバーに行き、歌ったところ、そこのママが、very goodとお世辞を言ってくれた。

             

            友人がもう一軒カラオケを歌いに行こうと言うので、3軒目で、試しに同じ歌を歌ったところ、採点結果は96点であった。

             

            この時は確かに気持ちよく歌えた。

             

            2軒目のカラオケバーのママのアドバイスが効いたのだろう。

             

            私は採点結果が何点かはどうでもよく、結果が上がって行く過程をみて、忘れかけていた人生の一つの楽しみ方を見いだせたことが、大きな収穫であった。

             

            CDに録音された自分の歌がきっかけで始めたボーカルレッスンから、カラオケバーに行くことになり、その結果、思いも寄らなかったこれからの人生の一つの楽しみ方を見つけることができたのである。

             

            何歳になっても、果敢にチャレンジするというと大げさであるが、まずはやってみるという姿勢は、いつまでも必要だと改めて感じた。


            ブログを書く意義とは

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              久しぶりに書くブログである。

               

              私に取ってブログとは何なのだろうと疑問に思い始め、記事を書く気がしなかった。

               

              私に取って、ブログを書く一番の目的は文章を書くことで、智力をなるべく維持することであった。

               

              人間は年を取る毎に体力・智力が衰えて来ることやむを得ないと思っているが、何らかの努力をすることで、衰えを最小限に抑えることはできる。

               

              そう思って始めたブログであるが、どうもそれだけで動機づけるのは難しかったようである。

               

              実は、ブログが流行始めた頃から、ブログを書いている。

               

              最初の目的は、仕事面での成果を得るものがあるか、試して見ることであった。

               

              既に独立していたので、会社のHPにもリンクを張っていたが、私のような職業では何の成果も出なかった。

               

              オフ会等も開催し積極的に活動していたが、当初の目的とは逆の軽いのりのブログになってしまった。

               

              ブログを書く意義がなくなり、いったんブログを閉鎖した。

               

              その後、仕事の合間の暇つぶしでブログを書いたりしたが、余りに本音をストレートに書きすぎたせいか、ブログが炎上寸前に陥り、閉鎖した。

               

              その後は二つのハンドルネームで、色の違うブログを書き、違う世界を楽しんでいた。

               

              色を変えることで、全く異なるブロガーさんと接点を持つことは自分の世界が広がるようで、楽しかった。

               

              然し、たまたま仕事が忙しくなり、ブログを書く余裕がなくなり、また止めた。

               

              そんなことを繰り返しながら、当分止めていたブログを一年半くらい前に再開させたのが今のブログである。

               

              そして途中で書く意欲を失った。

               

              私が飽き性であることが最大の原因であることは間違いなく、性格的に絶えず攻撃の姿勢でなければ気が済まないからである。

               

              守りに入ると、マンネリ化し刺激が無くなるので、飽きて来るのだ。

               

              何故書く気がしなくなったのか、自己分析し、「智力を維持させる」という目標設定が間違っていたことに気付いた。

               

              維持するという目的は、現状維持することが精一杯で進歩がない。

               

              目的自体が受け身でアグレッシブでないから、飽きるのだ。

               

              どうすれば良いか?

               

              答えは簡単。

               

              「智力を更につけること」を目標にすれば良いのである。

               

              こんなわかりきったことに何故今まで気付かなかったのだろうか。

               

              気がつかないうちに守りの姿勢に入っていたのかも知れない。

               

              何歳になっても、知らないことはまだまだ多い。

               

              知らない世界を知ろうとする知的欲求を満足させることに注力し、その結果をブログ記事として表現するという目標を設定すれば、随分と変わるだろう。

               

              そう考えるとブログを書く意義は大いにある。

               

              これからは、この目標に沿ってブログに挑んでみようと思う。


              夫婦メロンとペルルメロン

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                北海道に出張した息子が夫婦メロンをお土産でくれた。

                 

                 

                大きな立派なメロンであるが、聞いたことのない名前である。

                 

                調べて見ると富良野産のキングルビーという有名なメロンで、私が知らないだけであった。

                 

                果肉が赤いので、つい夕張メロンを連想する。

                 

                 

                味の違いが分かるほど、夕張メロンを食べていないので比較は出来ないが、非常に糖度の高いくジューシーな味で、実に美味しいメロンである。

                 

                時期同じくして、毎年恒例で取り寄せる鳥取の大栄ペルルメロンが届いた。

                 

                 

                このメロンは数年前、友人が美味しいメロンだと言って送ってくれた。

                 

                友人が言った通り、非常に糖度の高い惜しいメロンで静岡高級マスクメロンと味は遜色なく、価格ははるかに安く、コスパ抜群。

                 

                以来気に入って毎年予約し、取り寄せている。

                 

                ペルルメロンは少し癖があり、食べ頃を見極めることが難しい。

                 

                マスクメロンの食べ頃に合わせて食べると、既に食べ頃は過ぎているからである。

                 

                メロンのお尻が少し柔らかくなったかどうかという微妙なタイミングを逃すと美味しさ半減となる。

                 

                ペルルメロンの果肉は緑である。

                 

                 

                メロンの色と美味しさは関係ないようである。

                 

                今年は夫婦メロン:1個、ペルルメロン:2個、計3個のメロンを同時期に続けて食べるという幸せな日が続いた。

                 

                両メロンとも、2,5〜3kgの大きなメロンで食べ応えは十分。

                 

                それだけに全て食べきった次の日、食後のメロンがないことに一種の物足りなさを感じた。

                 

                夫婦メロンと甲乙つけがたい美味しさであったが、コスパを考えるとやはり来年以降もペルルメロンにしようと思う。


                スレンダートーン

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                  息子がコストコでスレンダートンを格安で買ったと聞いた。

                   

                  あれだけコストコに行っていきながら、スレンダートンを売っているとは知らなかった。

                   

                  メタボが気になって久しいこの頃。

                   

                  即コストコに行き、ゲット。

                   

                   

                  確かにお安い。

                   

                  でもよく調べると、旧型番の一掃処分のようである。

                   

                  それでも、どのショップサイトよりも安いので満足。

                   

                  通い続けているとほとんどのレジの女の子と顔見知りになっている。

                   

                  購入して並んだレジの女の子が「私もこれを昨日買いました。ネットショップだと1万くらいするので随分安いと思って。」と言った。

                   

                  私は型番が古いからだと思ったが、彼女がそれで満足しているので、「お互い良かったね。がんばろう。」と相づちを打っておいた。

                   

                  その娘はとてもスリムな娘で、スレンダーストーンは必要ないだろうと思ったが、言い方を間違えるとセクハラ発言になるのでやめておいた。

                   

                  フィットネスクラブに通っていても、効果は微々たるもの。

                   

                  併せて、スレンダーストンを使えば、絶大な効果を得られるのではとあらぬ期待を抱いている。

                   


                  孫が入園予定の幼稚園見学

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                    来春より、いよいよ孫が幼稚園に通い始める。

                     

                    息子の嫁から、どこの幼稚園が良いか訊かれたので、息子を行かせた幼稚園を薦めた。


                    当時の幼稚園に通っている子供達は性格の良い子供達ばかりで、同じ価値観の親が集まっているせいか、親同士も仲が良く、今でも妻は何人かの方とのお付き合いが続いている。

                     

                    現在は入園する前の幼稚園体験制度を取っているようで、週に一回、一時間程度、幼稚園の園庭で、先輩幼稚園生と交流する場を設けている。

                     

                    そうすれば、幼稚園の雰囲気がよくわかり、気に入ったら優先的に入園させるという仕組みである。

                     

                    もちろんそれだけの対価は必要である。

                     

                    面接試験があるが、35名の定員がオーバーしていなければ、余程の理由が無い限り、入園可となるのだろう。

                     

                    その体験期間も終わり、一般応募前の入園手続きの時期になり、入園させるかどうかの判断をする時期が来た。

                     

                    私達には、薦めた責任があるので、30年以上経った今でも、昔と同じ感じを保てているか、確認する必要があると思い、体験日に幼稚園を見学した。

                     

                    副園長と会い、幼稚園の教育方針やその方針をどのような形で具体的にブレークダウンしているか確認し、これなら大丈夫と安心した。

                     

                    子供に無理矢理親の考えを押しつけるのではなく、自由に行動させ、良いことだけでなく、痛みも感じさせる。

                     

                    もちろん、自由度の限度は設定されている。

                     

                    幼少期に親が子供を守りすぎると、大きくなって、やって良いことと悪いこと、どこまでが安全かといった判断が子供達に出来なくなるという意見には全くその通りと感じた。

                     

                    日頃、最近の若者の犯罪に、この辺りの判断がついていない犯罪が多いように感じているからである。

                     

                    この時期に五感をきたえてやることが大事で、勉強は後からでもできるという意見も納得でき、これなら任せても大丈夫と感じた。

                     

                    そうした理念に基づいた子供を自由に遊ばせる環境が整っている点も納得が行く。

                     

                    普通の幼稚園に比べ、かなり広い敷地に自然の環境が備わり、行った時もトンボが飛びかい、蝉が鳴いていた。

                     

                    最近のほとんどの幼稚園は敷地が狭く、園児の遊ぶ場所が確保できていない。

                     

                    その典型的な例として、車が横断歩道で待っている園児の中に突っ込んだり、幼稚園の砂場に車が突っ込むといった悲劇が起きている。

                     

                    この幼稚園は、そのような危険がなく、子供が伸び伸びと遊ぶことが出来る。

                     

                    個人情報保護の関係で、極力写真撮影はお断りしますと張り紙がしてあったので、たまたま孫と母親が二人でいるところの写真を撮ることが出来た。

                     

                     

                    写真の手前の広場には芝生が植えてあり、裸足で遊ぶことも出来る。

                     

                    網でトンボを追いかけている子供、砂場で遊んでいる子供、各種遊具で遊んでいる子供、親も加わり、それぞれが先輩の年少さんと一緒に遊んでいる光景は微笑ましい。

                     

                    息子達に薦めて良かったと一安心。

                     

                    思い出せば、東京から広島に希望通り転勤になったのが、10月過ぎていた。

                     

                    次の年から子供を幼稚園に入れなければならないので、地元の長老に訊き、一押しの幼稚園を教えて頂く。

                     

                    早速問い合わせたが、既に入園は締め切ったと言われたが、妻が話だけでもしたいと幼稚園に赴き、当時の園長さんと話をした。

                     

                    そこでお互い、子供教育に対する考えがあったのか、「お宅のよな教育熱心なご家庭なら、是非入園して頂きたい。」と特例処置を取って頂き、入園したという曰く付きの幼稚園である。

                     

                    当時の園長は既に亡くなられていたが、今回、孫が入園するのも何かのご縁だろう。

                     

                    子供が小さい内は親が環境を考えて与えてやらないと行けないと思う。

                     

                    孫の教育には極力口を挟まないようにしているが、ポイントだけは教えておいてやりたい。


                    よみがえれ! サツキ

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                      庭の植木を解体したが、残したい木を5本選んで、解体後、私の家の敷地の方に解体業者さんが仮植えしてくれた。

                       

                      最も残したい木は、金木犀と高野槙であったが、大きすぎて残すことは出来ず諦めた。

                       

                      子供の頃、金木犀の木に登り、ちょっと高いところに登ったので自分が偉くなったような気持ちが心地よかった。
                      むせるような金木犀の香りが庭中に漂い、秋を感じ喫していた。

                       

                       

                      高野槙は悠仁親王のお印として有名であるが、すっと伸びた凜とした姿を見ると、気持ちがすっきりと爽やかになっていた。

                       

                       

                      これらの木は何も残っていないが息子のために決めたことだ。

                       

                      後悔はしていない。

                       

                      思い出話は思い出として、話を元に戻そう。

                       

                      小さな木しか残せない中で、選んだ一本が小さなサツキ。

                       

                      今まで、小さくても、目一杯の赤い花をつけていた。

                       


                      写真では分からないが、色はもっと深い独特の赤色が気に入っていた。

                       

                      然し、仮植えしたサツキはあっという間に、茶色くなり、枯れたようす。

                       

                       

                      私はそれでも何とかならないかと、すがる気持ちで、ハイポネックスをやり、油かすを周りにまいて、朝晩、たっぷり水をやった。

                       

                      せめて,根元にわずかにある宮島のシダだけでも残したい。

                       

                      何日か経ち、緑の小さな芽が出て来ているような気がした。

                       

                      ひょっとしてよみがえるかも知れないと、淡い希望を捨てず、ずっと水をやり続けた。

                       

                      私の一縷の望みが叶ったのか、サツキが私の気持ちに応えてくれたのか、若い芽が少し大きくなり、また新しい若い芽が出て来た。

                       

                       

                      何とか生き延びてくれたようだ。

                       

                      一本のサツキに過ぎないかも知れないが、私は心からの喜びを感じた。

                       

                      少しでも可能性があると諦めず、一生懸命やると祈りが通じると感謝の気持ちでいっぱいである。

                       

                      このまますくすく育って欲しい。


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